「私も大学で理系を専攻したので、研究の大変さは知っています」

 この一言に、私は胸を掴まれた。50年前に女性が理系に進むのは、今よりずっと少なかった。職を得るため薬学に進む女性はいても、理系の研究職を目指す女性はほんの一握りだった。そして卒業できたとしても、女に職はなかった。滋子さんは、続けてこう話した。

結婚してすぐに子どもに恵まれたので、家庭を支える側に回りました」「ノーベル賞を取って私も嬉しく、家庭を支えたこともしょうがなかったのかな、と思います」と。

 しょうがなかった、とは字面にするとネガティブな印象が強い言葉だが、滋子さんは笑いながら「しょうがなかった」と言ったのだった。そこに恨みや悔しさのニュアンスは感じられない。ただ、支える側に“回った”という葛藤があったことは十分に伝わる言葉だった。

 滋子さんのプロフィルをネットで探ろうと思ったが、今のところ皆無だ。興味を持つ人自体が少ないのかもしれないが、「亭主関白」とか「妻の支援」を美談とするような記事を読みながら、この社会は、女の人生の言葉が、全く語られていない、聞かれていない、という思いを深める。

 世間が求める女の話ではなく、女たちの自由な言葉を、本音を、その葛藤を。そんな言葉をもっと聞きたい。

週刊朝日  2018年10月19日号

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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