樹木希林さんが常連だった食堂店主が明かす、モックンと也哉子を連れて来た思い出 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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樹木希林さんが常連だった食堂店主が明かす、モックンと也哉子を連れて来た思い出

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松岡かすみ週刊朝日
在りし日の樹木希林さん

在りし日の樹木希林さん

樹木希林さんが愛した魚力(撮影・松岡かすみ)

樹木希林さんが愛した魚力(撮影・松岡かすみ)

看板メニューはさばの味噌煮(魚力インスタより)

看板メニューはさばの味噌煮(魚力インスタより)

 樹木希林さんの葬儀が9月30日午前10時から、東京・港区の光林寺で執り行われた。

 生前は、『時間ですよ』や『寺内貫太郎一家』(TBS系)など、歴代数々のドラマや映画に出演し、唯一無二の存在感を示した希林さん。無名の女優時代から、気に入った店には長く足を運び、有名になってからも通い続けた。

東京・渋谷の定食屋『魚力』も、希林さんが愛した店の一つ。旧芸名・悠木千帆(1961~77年)の時代から、当時鮮魚店だった同店に足しげく通っていた。

【写真】樹木希林さんがモックン夫妻と足しげく通ったお店

「女優さんなのに、いつも化粧っ気のない顔で、青いクラシックカーに乗って、一人で運転して買い物に来るんです。冗談を言っては私たちを笑わせてくれていました」

希林さんと同い年の店主、鈴木佳子さん(75)は、当時をこう振り返る。 希林さんが特に好んだのが、ナマコ。ナマコと言えば、酢漬けや塩漬けにして食べることが多いが、生で食べるのを好んだという。

「内臓をとってあげたら、店先でそのままつるっと食べちゃうんです。豪快でしょう」(鈴木さん)

同店では、当時放映されていたテレビドラマ『時間ですよ』(1965年~1990年・TBS系)で演じていた役名(浜子)から、「ハマさん」と呼ばれていた希林さん。9年前に他界した、鈴木さんの母とは、親子のような間柄だった。

「明治生まれで、気難しい母だったけど、ハマさんとはなぜか意気投合しちゃって。ハマさんも、母を自分の親のように慕ってくれていました」

 客を超えた付き合いだったことがうかがえるエピソードが、娘(内田也哉子)の結婚が決まった時のこと。店にやってきた希林さんは、「也哉子が今度結婚するんだ」「旦那さんは、婿養子に入ってくれるんだ」と、とても嬉しそうな様子だった。その日、「今度、(婿を)紹介しに連れて来るね」と店を後にしたら、数日後、本当に本木雅弘を連れて挨拶にやってきたという。


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