「口からも血をはいている感じで赤くなっていた。もう映画のワンシーンのような感じで震えがとまらなかった」(前出の住民)
そして、病院に緊急搬送された島津容疑者。腹部などに銃弾を受け重体という。
しかし、島津容疑者をここまでの凶行に駆り立てた動機は何なのか? 島津容疑者の親族はこう話す。
「昔から両親とは折り合いが悪く、中学くらいになると家庭内暴力が頻繁にあって何度も家にパトカーが駆けつけ、大騒動になっていた。顔が腫れたお母さんが警察官に謝ったり、島津容疑者が警察から羽交い締めにされ、とめられたりしていた。小さい時は、大人しく、挨拶もキチンとできる子だった。家庭内暴力は中学くらいからかな。高校は行かず、バイトなどしていて、18歳で自衛隊に入った。これでちゃんと社会人になってくれたらと家族は喜んでいたが。自衛隊でも気に入らないことがあったと、人を殴り、辞めざるを得なくなったそうです。お父さんもガッカリしていた。しばらく引きこもっていたようだが、数カ月前からバイトをはじめ、お父さんも喜んでいたんだが……」
島津容疑者は中学時代から、周囲から孤立していたと証言するのは同級生だ。
「いつもポツンと1人という感じで存在感がないタイプだった。中学2年くらいから不登校で親ともよく喧嘩をしていた。学校でも、軽く冗談を言われたくらいでも急にブチ切れて同級生になぐりかかったり、何をするのかわけわからんから、みんな近づかないようにしていた。最近になって自衛官になったとか聞いてはいたが、あいつが勤務して大丈夫かと、昔の友人らと言っていたら、こんな事件が起こった。お父さんは確か、PTA役員などもやっていて、キチンとした人だった」
今回、そんな島津容疑者の凶行の犠牲になった稲泉警部補と10年以上、付き合いがある友人はこう悔しがった。
「稲泉警部補は、もともと富山市内の所轄署に勤務していたが、去年に赴任してきたばかり。奥田交番が、老朽化で新しくなるとかで、残務処理作業もありしばらく交番に勤務することになった。稲泉さんは正義感がすごく強い方です」