虐待された記憶は一生消えることはなく、トラウマとして残る。そのトラウマを本人が自覚していないこともあるという(※写真はイメージ)
虐待された記憶は一生消えることはなく、トラウマとして残る。そのトラウマを本人が自覚していないこともあるという(※写真はイメージ)

 幼児の虐待死が相次いでいる。「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」などのメモを残して亡くなった、東京都目黒区の船戸結愛ちゃん(5)。北九州市の小倉北区では、5月に納富優斗ちゃん(4)をテレビ台の引き出しに閉じ込めて殺害したとして、父親を殺人容疑で逮捕。また、優斗ちゃんの妹に高熱の液体をかけるなどの虐待をしたとして、母親も傷害容疑で逮捕された。子どもの虐待“死”が注目されるが、その死は氷山の一角だ。生きるために虐待に耐えた傷跡は、大人になってさらに深刻になる。中には自分のトラウマ(心の傷)に気づいていない人もいるという。負の連鎖を断ち切るには、どうしたらいいのか。医療の場では、トラウマの治療が行われている。

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 虐待は心の病気を引き起こす。虐待の他にも、DVや自然災害交通事故……こうした強い恐怖を感じる体験によってトラウマが残ると、フラッシュバックや感情の麻痺など、さまざまな症状が起こる。一定の症状が1カ月以上続く場合、「PTSD」(心的外傷後ストレス障害)と呼ばれる。

 関西在住の山田夏子さん(仮名・37歳)は、小学生のとき以来約15年間、実母から虐待を受けてきた。たたかれたり蹴られたりするほか、精神的な虐待に苦しんだ。「足音が大きい」「目つきが悪い」「お前なんてかわいくなれるわけない」と、生活態度や容姿について説教され、常にびくびくしながら生活をしていた。

 現在は結婚をして家を出たが、2年前から不眠や対人恐怖などの症状がひどくなった。母親にされたことが鮮明に思い浮かんで苦しくなり、街で幸せそうな子どもを見ると腹が立つようになった。

 長期間の度重なる心の傷によって起こるPTSDを「複雑性PTSD」と呼ぶ。山田さんを診察した本多クリニック院長の本多正道医師は、こう話す。

「子どものころから受けた虐待の場合、がまんするしか生き延びられなかったため症状が抑圧されています。外から見えにくく、本人がトラウマだと自覚していないこともあります」

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