■冷凍保存された記憶を呼び起こし、トラウマを乗り越える

 PTSDの発症率が最も高いのは、レイプや家族からの性的虐待などの性暴力被害だ。被害者の約半数がPTSDを発症する。性暴力被害者の相談を数多く受けてきた武蔵野大学心理臨床センター長の小西聖子医師によると、多くの被害者が「私が悪い」という自責の念にかられるという。実はこれもPTSDの症状の一つ。自分を極端に責め、自己評価が低くなる「認知の陰性変化」という症状だ。こうした自己評価の低さは、負の連鎖を起こす。

「性的虐待を受け続けた被害者が、非行に走ったり暴力を受けたり、犯罪に巻き込まれていくケースも多々あります。自分は価値のない人間だと思うことで、あえて悪い方向に進んでしまうのです」(小西医師)

 PTSDになると、トラウマ体験に関連するものや行動を避ける「回避」という症状を起こす。たとえば、道で自転車とぶつかった場合、しばらくは自転車が怖くなるが、怖くても自転車が通る道を歩いているうちに自然に恐怖は薄れていく。しかし、あまりに強い恐怖を感じると、回避症状が起こり、記憶はいつまでも冷凍保存されたように残る。回避をやめて記憶を安全に再処理することが治療のポイントだ。

 前述の虐待を受けていた山田さんは、「EMDR」(眼球運動による脱感作と再処理法)という治療を受けた。EMDRは眼球の運動によって、恐怖をやわらげるのが特徴だ。2013年、WHO(世界保健機関)が有効性のあるPTSD治療として推奨した。

 治療者は患者の前で指を30往復ほど左右に振り、患者は目でそれを追う。同時に記憶のイメージを思い浮かべる。苦痛の度合いを0から10の数字で表し、苦痛が下がるまで繰り返す。

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