石原裕次郎、三船敏郎の映画「黒部の太陽」は何がすごいのか!? (1/4) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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石原裕次郎、三船敏郎の映画「黒部の太陽」は何がすごいのか!?

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佐藤利明週刊朝日
世界のミフネこと三船敏郎と日活アクションのトップスター石原裕次郎が初共演した「黒部の太陽」((c)石原プロモーション、(c)三船プロダクション)。当時斜陽の映画界で「本物のスペクタクルを作ろう!」と2人が製作に乗り出した世紀の超大作にはさまざまな苦難が立ちはだかった

世界のミフネこと三船敏郎と日活アクションのトップスター石原裕次郎が初共演した「黒部の太陽」((c)石原プロモーション、(c)三船プロダクション)。当時斜陽の映画界で「本物のスペクタクルを作ろう!」と2人が製作に乗り出した世紀の超大作にはさまざまな苦難が立ちはだかった

〈石原裕次郎シアターDVDコレクション〉昨年7月創刊の隔週刊DVD付きマガジン(全93巻)。4月5日「黒部の太陽」、同19日「栄光への5000キロ」、5月2日「富士山頂」、同17日「ある兵士の賭け」、同31日「甦える大地」発売。

〈石原裕次郎シアターDVDコレクション〉昨年7月創刊の隔週刊DVD付きマガジン(全93巻)。4月5日「黒部の太陽」、同19日「栄光への5000キロ」、5月2日「富士山頂」、同17日「ある兵士の賭け」、同31日「甦える大地」発売。

 戦後日本映画を象徴する2大スターの石原裕次郎と三船敏郎が製作主演した「黒部の太陽」(1968年)の初上映から半世紀。「石原裕次郎シアターDVDコレクション」(小社刊)20号として4月に発売されるのを機に、「裕次郎映画の最高傑作」とも評される作品の魅力に娯楽映画研究家の佐藤利明氏が迫る。

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 北アルプスで行われた世紀の大工事「黒部第四ダム建設」(56~63年)を映像化した「黒部の太陽」は、史上最高の超大作として映画史に輝いている。

「特撮ではその迫力は出ない」。陣頭指揮に立った裕次郎は、全て本物での再現にこだわった。黒四ダム建設で最大の難関は、関電トンネル5.4キロの掘削だった。そのなかでも「破砕帯」との格闘は、想像を絶する困難を極めた。少し掘削するだけで出水してトンネルは水浸し、掘れば掘るほど前進できないのだ。「黒部の太陽」はこの破砕帯突破に挑む男たちの戦いの物語である。

 映画前半のクライマックス。破砕帯に遭遇し、大量の水がトンネルにあふれ出す。裕次郎や三船たち俳優が、一瞬にしてのみ込まれ流されていく。トンネルの切羽の木材が崩れ、丸太や花崗岩(かこうがん)の破片が濁流となり一緒に流れてくるのだ。俳優たちの必死の表情の迫力は、まさに本物。このすごさ! 実写ならではの“映画のチカラ”に感動を覚える。

 この出水シーンを撮影するためのトンネル・セットは、愛知県豊川市の熊谷組機械工場敷地内に組まれた。同社には、当時の工事関係者が多数勤務していて、裕次郎たちによる世紀の難工事再現のために全面協力を申し出た。

 67年9月30日17時、裕次郎と三船がセットに入り、リハーサルが始まった。

 全長210メートルのトンネル・セットに、高さ9メートル、円柱型の420トンの水の入った水槽が組まれている。しかも花崗岩の削岩時の石の破片を一斉に落とすのだ。

 その日の昼ごろ、三船扮する北川のモデル・芳賀公介氏が、熊井啓監督に「この装置では危険」と進言。頑丈とはいえ、セットのトンネルが水圧に耐えられるか気になったのだ。また実際の関電トンネルの破砕帯を突破した、裕次郎扮する岩岡のモデル・笹島信義氏が撮影の直前、「変な予感がするから、トンネルのなかへ塩をまいて清めたほうがいい」と熊井に提案した。


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