帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「死を生きる」(朝日新聞出版)など多数の著書がある帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「死を生きる」(朝日新聞出版)など多数の著書がある
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 西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。貝原益軒の『養生訓』を元に自身の“養生訓”を明かす。

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【貝原益軒養生訓】(巻第七の36)
甘草(かんぞう)、棗(なつめ)など斟酌(しんしゃく)すべし。李中梓(りちゅうし)が曰(いわく)、
甘草性緩(かん)なり。多く用ゆべからず。
(中略)是甘草多ければ、一は気をふさぎて、
つかえやすく、一は、薬力よはくなる故なり。

 漢方薬に用いられる甘草をご存知でしょうか。甘草という言葉は聞いたことがあっても、実物を見たことのある人は少ないと思います。「甘い草」と書きますが、漢方で使われるのは葉ではなくて根と根茎の部分を乾燥させたものです。甘草(マメ科カンゾウ属)には様々な種類がありますが、ウラルカンゾウやスペインカンゾウなどが漢方の生薬になります。文字通り、甘みがあって、成分のグリチルリチンは砂糖の数十倍もの甘みがあります。

 この甘草は漢方薬で一番よく使われる生薬なのです。諸薬を調和し、諸種の毒を解するといわれ、いわば、処方のまとめ役として使われます。作用の強すぎる薬と一緒に用いるとその毒性は緩やかになり、緩やかな作用の薬と一緒にするとその薬力が補強されるというのですから、とても重宝な薬です。

 中国医学の古典である『傷寒論(しょうかんろん)』に記載されている113の処方中、70の処方に甘草が使われています。つまり、漢方薬の6割に配合されているのです。一般に知られている葛根湯や安中散にも含まれています。

 まさに獅子奮迅の活躍をする甘草で、別名を「国老(こくろう)」といいます。国老とは国に功績のあった老臣のことで、それほど、中医学の世界では重んじられているのです。

 ところが、この甘草には副作用があるのです。甘草湯(とう)、桔梗湯、芍薬(しゃくやく)甘草湯といった甘草を配合した漢方薬を服用すると、高血圧症や浮腫がおこることがあります。これらの処方をするときには、患者さんに十分な説明をする必要があります。羹(あつもの)に懲(こ)りて膾(なます)を吹くの感があって、いささかわずらわしさがあります。益軒先生も甘草の扱いにくさをよくご存知だったようで、養生訓のなかで次のように説いています。

 
「日本人は中国人より体、気ともに薄弱で、純粋な補薬を受けつけにくい。そこで、甘草や大棗などをほどよく加えたほうがいい。ただ李中梓(『内経知要(ないけいちよう)』などの著書がある中医学の大家)はこう言っている。『甘草は性が緩(ゆるやか)であるが、多く用いてはならない。一つは甘いことでよく腹が張るのをおそれる。一つは薬の効果を減じるのをおそれる』。これは、甘草を多く使うと一つは気の流れをふさいでつかえやすくなる、もう一つは薬力が弱くなるからである」(巻第七の36)

 漢方薬は化学合成されたものでない自然の産物であるから副作用がないと思われることがあります。しかし、甘草のように扱いがやっかいな生薬のことを考えれば、ことはそう単純ではありません。西洋医学と中国医学の大きな違いは、患者さんを診る方法にあります。私も外科医として西洋医学一辺倒だったときには、患者さんの体の一部を診て、その症状にのみ注目していました。中国医学を学んで、はじめて患者さんの全体を診るようになりました。全体を診ることによって、その人に合った薬を正しく処方すれば、副作用をおそれる必要はありません。

週刊朝日 2018年2月23日号

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帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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