三谷幸喜 中村獅童に“14年ぶり”出演オファーの真相 (2/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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三谷幸喜 中村獅童に“14年ぶり”出演オファーの真相

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菊地陽子週刊朝日
三谷幸喜(みたに・こうき)/1961年生まれ。東京都出身。日大芸術学部演劇学科在学中の83年に劇団東京サンシャインボーイズを結成。以降、さまざまな舞台の作・演出を手がける一方、脚本家として数多くの人気ドラマを執筆。映画監督としても活躍(撮影/篠塚ようこ、ヘアメイク/立身恵)

三谷幸喜(みたに・こうき)/1961年生まれ。東京都出身。日大芸術学部演劇学科在学中の83年に劇団東京サンシャインボーイズを結成。以降、さまざまな舞台の作・演出を手がける一方、脚本家として数多くの人気ドラマを執筆。映画監督としても活躍(撮影/篠塚ようこ、ヘアメイク/立身恵)

 かねて“やりたい”と思っていた題材、役にぴったりだと思う俳優、一緒に仕事をしたいスタッフなど、30年分の経験と人との出会いとが、この舞台で結実したことになる。

「最近は、これまでのいろんな出会いが一つにまとまるケースが多いですね。脚本の仕事は、俳優さんありきなので、僕の場合、“次に何やろうか”って、途方に暮れることがないんです。素敵だと思った俳優さん、またご一緒したいと思った俳優さんがいたら、出ていただくなら何がいいかを考える。俳優さんたちとの出会いがある限り、自然にアイデアは生まれていくものなんです」

 かつてのインタビューで、「夢は、アメリカのアカデミー賞の受賞スピーチで、笑いを取ること」と答えていた。「今の夢は?」と訊ねると、「正直、ここ20年で、すごく面白いと思ったアメリカのコメディーはないので、そこに自分が出ていきたいとは今は思わない。でも、日本人が海外に出ていって、英語でスピーチをして笑いを取った話を聞いたことがなくて。そこに一石は投じたい」と言う。

“賞”や“栄光”よりも身近な“笑い”を──。ものを作るときの一途さは、20代の頃から変わらぬままだ。

(取材・文/菊地陽子)

週刊朝日  2018年2月23日号


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