大センセイの恩師の思い出は…(※写真はイメージ)
大センセイの恩師の思い出は…(※写真はイメージ)

 SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機の『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回のテーマは「本心」。

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 フロイトというおっさんが潜在意識を発見したキッカケは、人の言い間違えを聞いたことだそうだ。

 ある人がある会の開会を宣言するときに、

「閉会を宣言します」

 と言っちゃったらしい。

 それを聞いたフロイトさんは、ああこの人、本心ではさっさと閉会したいと思ってるんだなと気づいた、というわけだ。

 先日、大センセイの恩師である原子朗先生が逝去された。恩師などと呼べば、「お前なんぞを弟子にした覚えはない!」

 と一喝されただろうが、勝手に師として仰いでいた。

 学生時代、原先生の「表現演習」というゼミナールを履修していた。

 ダダイズムの真似をした詩のごときものを書いては先生に読んでいただいていたが、高名な詩人だった先生は、汚いものにでも触るように原稿用紙の端をつまみ上げると、

「しかし、君は無知な男だなー」

 と言いながら、木の洞(うろ)のような大きな目で、こちらの目をマジマジと見詰められるのだった。

 ある時など、やはり原稿用紙の端っこをつまみ上げながら、

「これは詩というより、屁だな」

 などと、教育者にあるまじき暴言を吐かれた。

 原先生は詩人であったと同時に、会津八一という書家に書道を習った墨客でもあり、銀座の長谷川画廊というところで毎年、書画の個展を開かれていた。

 この個展に行くのが、冷や汗ものであった。

 ある年は、正面の壁に、

「養古素」

 と書いた大きな額が飾ってあった。

「君、読めるか」
「えーっと、コソヲヤシナウ、ですかね」
「バカ、ようこそだ」

 またある年には、女性を描いた墨絵の横に、

「母の※(白に八)」

 と書き添えてあった。

「読んでみなさい」
「ハ……母のシロハチ」
「君は相変わらず無知だな。カオと読むんだカオと。こんな字も知らんのか」

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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