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仏師・運慶の展覧会がスタート…“運慶クイズ”にチャレンジ!

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週刊朝日

国宝・制多伽童子(写真=高野山霊宝館)

国宝・制多伽童子(写真=高野山霊宝館)

 日本が誇る仏師・運慶。その展覧会が東京・上野で9月26日に始まった。そこで、より運慶彫刻を知るために、クイズにチャレンジ。作品を一段と深く感じられるはずだ。

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Q1.運慶が生まれたのはいつごろ?

Q2.運慶のデビュー作と伝わる彫刻は?

Q3.運慶の師匠は誰?

Q4.運慶作「仏頭」(興福寺蔵)の大きさはどれくらい?

Q5.鎌倉時代の仏像の特徴の一つ「玉眼」の材質は何?

Q6.運慶が活躍したきっかけとなった出来事は何?

Q7.毘沙門天立像(願成就院蔵)を運慶に作らせたのは誰?

■運慶クイズの答え
答えと、運慶とその作品について詳しく解説する。

A1.1150年ごろ生まれたとされています。
正確な生年は不明だが、息子・湛慶(たんけい)が承安3(1173)年生まれであること、デビュー作とみられる円成寺の大日如来坐像(だいにちにょらいざぞう)が安元元(1175)年に着手されたことから、1150年ごろと考えられている。

A2.円成寺にある大日如来坐像です。
台座の裏に自ら書いた墨書があり、現存する運慶のもっとも早い作品とされている。この仏像は凜とした表情にたおやかな髪のふくらみなど写実的であり、運慶の才能の片鱗が感じられる。

A3.父親である康慶(こうけい)です。
京都から離れ、奈良を拠点とした奈良仏師たちは独自の技法、作風を模索し、そこで頭角を現したのが康慶だ。地蔵菩薩は像底、脚部の裏に墨書きされた銘文から運慶の師匠であり、父でもある康慶の作品だとわかる。写実的な表現法は上の大日如来と作風が近く、父の技を受け継いでいることがうかがえる。

A4.97.0センチ(頂~顎)です。
元は興福寺西金堂の本尊・釈迦如来坐像の頭部だったと伝わる。このことから釈迦如来の像高は2.4メートルを超えていたと推測される。なお、興福寺の記録では運慶が関わったと記されているが、同時期の作風と差があり、どこまで関与したかは不明である。


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