ミッツ・マングローブ「今こそ日本人の勇気を。『やっぱり工藤静香が好き!』」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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ミッツ・マングローブ「今こそ日本人の勇気を。『やっぱり工藤静香が好き!』」

連載「アイドルを性せ!」

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1987年は、工藤静香なる『刺激物』が世間に放たれた歴史的な年だ(※写真はイメージ)

1987年は、工藤静香なる『刺激物』が世間に放たれた歴史的な年だ(※写真はイメージ)

 ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「工藤静香」を取り上げる。

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 今から30年前、1987年。バブル景気とは裏腹に、日本のレコード売り上げは不調でした。ちょうどアナログからCDへのソフト移行の真っ只中でもあり、華々しい歌番組に若干の陰りが見え始めたのもこの頃です。

 80年代のアイドル界で、『80年組(田原俊彦・松田聖子・岩崎良美・河合奈保子・柏原よしえ)』『82年組(シブがき隊・小泉今日子・中森明菜・早見優・堀ちえみ)』『85年組(中山美穂・本田美奈子・南野陽子・浅香唯・斉藤由貴・おニャン子クラブ・少年隊)』が3大豊作年として有名ですが、実は87年組も光GENJI・酒井法子・坂本冬美・BaBe・畠田理恵・森高千里といった、今なお各方面で活躍し、名を馳せるツワモノ達で溢れているのです。ちなみにBaBeは、その座をWinkに持っていかれるまで2年間は「ピンク・レディー以来の成功女性デュオ」と言われ、バブル絶頂期を語る上では欠かせない記憶のひとつです。そして畠田理恵さんは現在、将棋の羽生善治氏の妻。

 国鉄が民営化しJRになり、北朝鮮の工作員『蜂谷真由美』こと金賢姫元死刑囚や日本人の拉致がクローズアップされた1987年。女王・中森明菜は前年に2年連続のレコード大賞を獲り、いよいよアイドルとしては未開の境地(ステージ)に。松田聖子はミセス&ママになってシーンにカムバック。チェッカーズは本格的に自作曲を歌い出し、光GENJIという得体の知れないローラースケート集団がアイドル界を席巻しました。そんな中、絶対に忘れてはならないのが、おニャン子クラブ解散とほぼ同時にソロデビューした工藤静香の存在です。言うならば1987年は、工藤静香なる『刺激物』が世間に放たれた歴史的な年だと言えるでしょう。


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