池波志乃 中尾彬に「浮名を流すくらいじゃないと困る」 (2/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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池波志乃 中尾彬に「浮名を流すくらいじゃないと困る」

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中尾彬(なかお・あきら)(左)/1942年、千葉県生まれ。61年、武蔵野美術大学油絵学科へ進学するも、同年に日活ニューフェイス(第5期)に合格し映画デビュー。その後、劇団民藝を経て、71年からフリーとして活動。70年に最初の結婚をし、息子をもうけるも離婚。78年に志乃さんと結婚する。定期的に絵の個展も開いている。近作に映画「龍三と七人の子分たち」「ヒロイン失格」(ともに2015年)ほか、ドラマやバラエティーで活躍。
池波志乃(いけなみ・しの)(右)/1955 年、東京都生まれ。落語一家に生まれ、高校を中退し、俳優養成所に入所。74年から女優として本格的にスタート。83年に「丑三つの村」での大胆な演技が話題に。90年代半ばから演劇活動から離れ、現在はタレントとして活動するほか、書評家やエッセイストの顔も持つ。(撮影/写真部・大野洋介)

中尾彬(なかお・あきら)(左)/1942年、千葉県生まれ。61年、武蔵野美術大学油絵学科へ進学するも、同年に日活ニューフェイス(第5期)に合格し映画デビュー。その後、劇団民藝を経て、71年からフリーとして活動。70年に最初の結婚をし、息子をもうけるも離婚。78年に志乃さんと結婚する。定期的に絵の個展も開いている。近作に映画「龍三と七人の子分たち」「ヒロイン失格」(ともに2015年)ほか、ドラマやバラエティーで活躍。
池波志乃(いけなみ・しの)(右)/1955 年、東京都生まれ。落語一家に生まれ、高校を中退し、俳優養成所に入所。74年から女優として本格的にスタート。83年に「丑三つの村」での大胆な演技が話題に。90年代半ばから演劇活動から離れ、現在はタレントとして活動するほか、書評家やエッセイストの顔も持つ。(撮影/写真部・大野洋介)

夫:そんな女性は初めてだった。カバーにやられちゃったんです。

妻:それに役者なんだから、浮名を流すくらいじゃないと困る。女性にモテないような人は困るんです。

夫:そう言えるのは、この世界を知っているからですよ。僕は志乃を貧乏に耐えられる女だなと思った。役者の仕事って浮き沈みがあるから、普通の人じゃなかなか耐えられませんよ。

――似た水で生きてきた二人が一緒になるのは自然な流れだった。出会って約半年で結婚を決意。だが、夫は前妻との離婚が成立していなかった。

妻:私はとっくに離婚しているんだと思ってたんです。でも違った。だからプロポーズの言葉は「何年か待ってくれ」だった。

夫:うんうん。

妻:それについて深く聞かなかったし、いまだに聞いてないんですけどね。その後すぐ離婚が成立して、さあ結婚となったら、マネジャーから「じゃあ、後はよろしく」って前妻への慰謝料と、養育費の請求書を渡された。びっくりしましたけど、「それなら二人で仕事するしかないね」って。

夫:結婚して意外だったこと? そんなのまったくない。だから、今までもっているんでしょう。

妻:純粋な驚きはありましたよ。うちの父は着物しか着なかったから、私は背広を片付けたことがなかったんです。そのころ流行だった大きな肩パッドを「邪魔だわ!」とギュッとつぶしてタンスに入れたら、ペッタンコになっちゃった。

夫:なんだこれ!って。

妻:それに「うわあ、外と違って、家で安心しきっている中尾さんってこういうふうなんだ」とか。

夫:「こんなにわがままで、言うこと聞かないんだ……」とか?(笑)

妻:でも根本のところが合ってるので、「うわあ」って思ってもケンカにもならずに終わっちゃうんです。

「『こびてまで仕事はしたくない』中尾彬と池波志乃、生き方の美学」へつづく

週刊朝日  2017年8月18-25号より抜粋


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