落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「◯◯ファースト」。

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『◯◯ファースト』って、ちょっと口に出してみたくなります。なるけど、口にしてる人に遭遇したら「なんだかな」と思っちゃう絶妙な軽さのフレーズです。

 こないだ山手線で「俺は断然『俺ファースト』だな!」と言ってる高校生男子がいましたが、セカンド殿馬みたいな顔でした。

「都民ファースト」「アメリカファースト」……わざわざ声高に叫ばなくても、都知事だったら、アメリカ大統領だったらそりゃそうだろと言いたくなるのは意地悪でしょうか?

「僕は『落語ファースト』なんで、大喜利の仕事や結婚式の司会はしません!!」とか言う若手噺家……いるかな? そういう人に限って落語は大したことないです。たぶん。

 先日の山形の独演会、主催者との打ち上げ。老若男女8人。私以外はヤマガタン(山形の人)。「他県に負けないところは?」と聞いてみました。

ヤマガタン(男性・50代)「さくらんぼとか有名で、県外にはバンバン売れてますけどね。私らそんなに食べませんしね。こないだ、県外の友達をさくらんぼ狩りに案内したんですけど、正直私も初体験でした」

私「将棋の駒はどうですか?」

ヤマガタン(女性・30代)「子供の頃、将棋の授業があったなー。でも、ほらあの、四級の子、凄いねー!!」

 藤井聡太四段のことを指してるみたいだけど、ヤマガタンは将棋に思い入れはないようす。

私「米沢牛は?」

ヤマガタン(男性・30代)「高くて手が出ませんっ!!」

 じゃあしょーがない。

ヤマガタン(女性・50代)「やっぱり、芋煮かな」

 するとあちこちから「そうだった!」「それがあった!」「忘れてた!」の声多数。

私「い、芋煮? はぁ……」

 正直地味だな……と聞いていたら、さにあらず。ヤマガタンの芋煮にかける情熱は、東京都民のオリンピックへの想いより20ゲーム差はつけて上!!

 
「毎年『日本一の芋煮会フェスティバル』ってのがありまして、直径6メートルの大鍋に3万食の芋煮を作るんです! ショベルカーが芋煮を掻き混ぜるところ、一之輔さんにも観てもらいたいな!! 鳥肌モノですっ!!」

 皆、目を輝かせています。

「そのために年に1台、重機を特注するんですよ! 潤滑油には機械油じゃなくて食用油を使うんです!! どーですかー!?」

 どうですか、と言われても……すげーね。

 その後、ヤマガタンたちは「サイコーの芋煮の具材は何か?」で議論を始めました。私は置いてきぼり。悔しいので「大根は入れないの?」と聞くと、みんな口を揃えて、

「そんな野暮ったいものっ!!」

 と総攻撃を食らいました。「芋煮」がそもそも「粋」な食べ物かどうかはさて置き、ヤマガタンは芋煮命のようです。

 シャレに「皆さん『芋煮ファースト』ですね?」と聞けば、

「いーや、『ファースト』とか言ってる時点でダメだから!!(キッパリ) 芋煮の前に芋煮なし、芋煮の後に芋煮なし。来年は芋煮の季節に来てよ!!」

 とその場でスケジュールを押さえられ、ありがたい限り。

 里芋のような丸い澄んだ目のヤマガタンの皆さんの血管には、芋煮のだし汁が流れているんだな。来年が楽しみです。でも、なぜ大根はいかんのだ?

週刊朝日  2017年6月30日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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