ミッツ・マングローブ「聖子と沙也加は別もの。だけど正輝はずっと変われず」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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ミッツ・マングローブ「聖子と沙也加は別もの。だけど正輝はずっと変われず」

連載「アイドルを性せ!」

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松田聖子(右)と神田沙也加。サンミュージック相沢秀禎会長の通夜にて2013年に撮影 (C)朝日新聞社

松田聖子(右)と神田沙也加。サンミュージック相沢秀禎会長の通夜にて2013年に撮影 (C)朝日新聞社

 ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「聖子と沙也加」を取り上げる。

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 見くびることなかれ。天上天下唯我独尊松田聖子。やはり日本人は松田聖子を放ってはおけないようです。それを証明した沙也加の結婚。生まれた当時はまさに『国民の娘』だった、あの沙也加ちゃんが、見目麗しき金髪姿で嫁入りを宣言する日が来るなんて、一定の世代にとってはこれほど感慨深いものはありません。お相手もまた、あらゆる時代的価値観とヘアケア技術の進歩を痛感させるサラサラロングヘア男子(身長187センチ)です。

 生まれながらにして日本中に認知されながらも、実態や成長はほぼ『目線入り』で、「聖子ちゃんの娘、実は可愛くないらしい」という願望にも似た歪んだ憶測の中で育った沙也加(以下サーヤ)。彼女のデビューが決まり、その姿形が白日の下に晒された日の衝撃は今でも忘れられません。サーヤ、贔屓目なしにかなり正統派の可愛いお嬢さんだった。その事実は同時に『聖子が真の勝ち組』であることを意味していたのです。当初の芸名『SAYAKA』は、まるで日本を敢えて『NIPPON』と表記するような、またはヒップホップによくある『S to the A to the Y to the A』的な、「さあ、よく見なさい。これが我が娘・沙也加よ! どうだ参ったか!」という聖子ちゃんの勝利宣言だったと私は心得ています。

 さらにそんな母のドヤ顔&泣き顔の傍らで、すでに母をも凌ぐしたたかな満点アイドルスマイルをするサーヤを見て、「日本人は聖子を信じ続けてきてホントによかった」と歓喜したものです。


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