落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「バンザイ」。

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 ホームページにメールアドレスを公開していると、たまに弟子入りのお願いをメールでしてくるフランク過ぎる人がいる。

「一之輔師匠!! 私を弟子にしてくださいっm(__)m」

 顔文字を駆使してこちらに訴えてくる。だからこちらも、「ごめんなさい!! 今は弟子をとることが出来ませんm(__)m」と返信してみた。普通は無視してよいのだけれど、今回のみ、あえての返信。ちょっと面白そうだったから。すると翌日、

「了解です(^^ゞまた落語見に行きますね\(^O^)/」

 とのご機嫌なお返事。返信してよかった。一つネタができた。

 〆に『バンザイ』……メールと顔文字の安直さにびっくりだが、執着のなさっぷりもすごい。「ダメならネクスト!」みたいなナンパ感覚。ストーカーみたいなのは勘弁だが、もうちょっと食らい付いてもバチは当たらないよ。

 早稲田大学には『バンザイ同盟』なるサークルがある。それをマネして私の母校でも文化祭の時に、水泳部が『バンザイ同盟』を名乗っていた。活動は、ブーメランパンツに競泳帽にゴーグル姿の集団が学校内に神出鬼没、突然万歳三唱して去っていく。ただそれだけだが、裸の男子高生が前触れもなく現れると、お客さんはそれなりに盛り上がる。

 水泳部員・A君は、水泳は好きだが『バンザイ同盟』が嫌で嫌で仕方なかった。とにかく恥ずかしがっていた。しかし先輩からの指示には逆らえず、A君はいつもその他大勢の態で端っこで目立たないようにバンザイしていた。終わるとすぐにバスタオルを巻いて屋内へ。まるでグラビアアイドルの如し。

 2年生になると人数不足で仕方なくチームリーダーになった。やる気のないリーダーの下にはそれなりの部下が集まる。しかもAチームはたった2人。

 向上心のあるガツガツ系のチームは、女子高生が群れている場所を目ざとく見つけて盛り上げる。そうでないA君のチームは腹を空かせたハイエナのように、ただぼんやりと海パン一丁で校内をうろつくのみ。

 
 そこは鬼の3年生が目を光らせているから、無理にでも実績を残さなければならない。

 Aチームのバンザイ対象はだいたい子供。3年生に行けと言われ、嫌々子供相手にバンザイする。子供も半分馬鹿にして退屈しのぎに合わせてくれるから、お互い傷つかずに済むのだ。

 私が2階の踊り場から何げなく下を見ていると、Aチームが2人の子供に『バンザイ』を始めた。すると3歳くらいの妹だろうか、火が点いたように泣きだしてしまった。とたんにA君の後方から父親と思われる男性が突進してきて、後頭部にハンマーパンチをお見舞いした。バンザイの形でぶっ飛ぶA君。

 鬼の形相で怒鳴り散らす男性に、A君は、

「違うんです!(泣) 僕たちはバンザイ同盟といって……」

 と必死の弁明。それに応えた男性の一言がいまだに耳に残っている。

「うれしくもねぇのに『バンザイ』なんかしてんじゃねぇっ!!(激怒)」

 ごもっともである。『バンザイ』は誠意をもって心の底から。これから『バンザイ』をする全ての人にお願いしたい。

 あと、弟子入りは直接お願いしに行ったほうがいい。

週刊朝日  2017年5月19日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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