菅野:ボブが今のロックミュージックの歌詞の扉を開けたと僕は思ってます。それまでのロックミュージックは、ただ「I LOVE YOU」と歌うような他愛ないものが多かった。ボブは、自分が思うことを音楽にのせて歌っていいんだよという世界をつくった。

北中:言葉の想像力の豊かさは、やはりずば抜けていると思うんですよね。

菅野:そういう新しいジャンルを切り開いていった彼に文学賞をあげるのは当然のこと。功績を考えればボブ以外には考えられない。

──ディランの歌い方はどうでしょうか。

北中:ああいう声と歌い方で、下手なんじゃないかと感じる人もいます。だけど、すごくテクニックがある歌手なんですよ。

菅野:たとえばデュエットなんかで一緒に歌うと、独特のタイミングやフレージング、リズム感で、誰も合わせることはできない。だけど、それが非常に心地いい。それから、ボブは本もいっぱい読んでるし、古い音楽もとてもよく知っている。ものすごく物知りなんですよ。

北中:ビート文学を代表するアレン・ギンズバーグと友達だったりもしますし、アメリカ文学にも詳しいと思います。

菅野:歌詞の中にそういった文学の言葉を一部ひっぱってきたりね。それがボブ・ディランの曲作りなんですよね。

北中:「風に吹かれて」も、もともとは奴隷解放宣言のころに作られた、黒人奴隷の悲しみを歌った曲が下敷きになっています。ポジティブな引用というのか、そういったものに新しい言葉を付け加えて、自分のものにしていくという、吟遊詩人の伝統にのっとってると思えばわかりやすいという気がします。

──初来日は1978年。菅野さんは当時、CBS・ソニー社員で彼のレコードを作ったとか。

菅野:武道館公演のライブ盤(「武道館」)を作りました。

北中:けっこう大所帯のバンドと一緒だったから、どんな音楽をやるのかと、客もかたずをのんで見守る感じでしたね。

菅野:日本の客はおとなしかったから、歌っているときは静かで、歌い終わったらワーッと拍手するみたいな感じ。ボブ自身もウケているのかどうか心配してとまどっていたようだったから、日本人の反応はこうなんです、すごくウケてますと言ったらすごく安心していましたね。

北中:伝説の人の初来日だから、60年代のファンのような過剰な反応もなかった。

菅野:基本的にはすごく優しく気を使ってくれる人。全公演が終わったあと、今はなくなった銀座のマキシム・ド・パリで、パーティーを開いたんですよ。たぶんボブは来ないだろうなと思ってたんですが、来て最後までいてくれた。みんなにサイン入りポスターをプレゼントしてくれたんですよ。

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