北原みのり「『うな子』、引きずりそうです。」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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北原みのり「『うな子』、引きずりそうです。」

連載「ニッポン スッポンポンNEO」

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「閉塞感」を超えたな…と思う瞬間が増えている(※イメージ)

「閉塞感」を超えたな…と思う瞬間が増えている(※イメージ)

 作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。北原氏は、先週に引き続き、「うな子」動画問題を取り上げる。

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「閉塞感」という言葉を、少し前までよく使っていた気がする。文字通り、閉ざされていて、塞がれていて、逃れられないような息苦しさ。今の社会の空気を表すのに、それ以外の言葉で表現できないと感じることが多々あった。

 最近、ふと、あれ? 「閉塞感」を超えたな……と思う瞬間が増えている。それはべつに、閉塞感が薄れ、明るい空が見えてきた、手足を思い切り動かせる自由の風がふいてきたとか、そんな軽やかな感じになったわけではない。むしろ閉塞感を思い切り深めた後には、こんな空気が待っていたんだ、と呆然とするような感じ。

 世間ではもしかしたらすぐに忘れられてしまうのかもしれないが、私はしばらく「うな子」(スクール水着の少女をエロスたっぷりに描くうなぎのPR)をひきずりそうな気がする。というのも、あれは、日本の閉塞感が行き着いた先の狂気だと感じるからだ。

 ここ数年、確かにエロの公共化は加速してきていた。三重県志摩市の海女の萌えキャラ(濡れた海女服で乳首見えそうなキャラ)や、岐阜県美濃加茂市の観光協会が制作した“超巨乳”(顔より大きい)の萌えキャラなど。だけど、「うな子」はちょっと別格だ。洗練された性差別、エスタブリッシュな暴力、そんな「アート」感も含めて行き着いた感がある。


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