「うつ病の患者さんは、ものごとを悲観的、後ろ向きに捉える傾向があり、自分を守ろうと現実の世界から遠のいてしまいがちです。その結果、自分の考えが事実かどうかを確かめられなくなっています。そうしたときに、考えに縛られずに自然体で現実を受け入れていく。それがマインドフルネスです」

 五感に訴えることがマインドフルネスにつながることから、大野医師は、小川さんの「土をいじる、土の匂いを嗅ぐ、植物を育てる、自分の畑で採れた野菜を味わう」といった体験が、マインドフルな状態を作り出し、病気の回復につながったと見ている。

 このマインドフルネスを治療に生かす試みを始めているのが、慶応義塾大学病院の精神・神経科だ。現在は協力を承諾した患者約10人のグループに、週に1回2時間のセッションを、合計8回行っている。セッションでは瞑想や呼吸法、ボディースキャン(体の感覚に注意を向ける)などが行われる。見学はかなわなかったが、マインドフルネスを指導する同科の佐渡充洋医師の指導で、セッションの一部「坐瞑想を中心にした練習」を体験させてもらった。

 まず、ヨガマットの上に楽な姿勢で座り、目は閉じるか、軽く開ける。暗めにした部屋で、佐渡医師の合図と鐘の音に従って、自分の呼吸に意識を集中する──はずなのだが、なかなか難しい。すると、「意識がほかに飛んでも、違うことを考えても、それをあるがままに受け入れて。責めないでください」と佐渡医師。「最初からできる人なんていませんから、大丈夫です。体験者は何回か繰り返すことで、『何か違う』と感じていくようです。8回のセッションの最後のほうで、『マインドフルネスの意味がようやくわかった。腑に落ちた』と言う方もいます」

 体験者からは、「家族に対してこれまでは怒りしかなかったが、怒りを受け入れる余裕みたいなものができてきた」「ストレスを感じると胸のあたりがキューッとなる。その場所に息を吹きかけるとそこがほぐれて、ストレスが和らぐことがわかった」といった感想などが聞かれたという。

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