作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。沖縄で行われている“地道な闘い”に焦点を当てる。

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 今年5月、米軍属の男が女性を殺害し遺棄したとされる事件をきっかけに、沖縄の新聞を購読するようになった。

 亡くなった女性の追悼に、6万5千人もが集まった6月の集会の日の琉球新報には衝撃を受けた。記事が日本語と英語で掲載されていたのだ。誰に向けて語ろうとしているのか、どんなメッセージを発信しているのか。紙面からその覚悟が伝わってきた。

 9月7日の琉球新報の1面には、米軍北部訓練場のヘリパッド建設に抗議していた女性の逮捕が、大きく報道されていた。記事によれば、女性は仲間と共に工事車両の前後を車で挟み、徐行運転していた。女性の車の前に警官が立ち、後ろ向きに歩きながら女性にカメラを向けた。警官をよけようとアクセルをふんだところ、公務執行妨害の容疑で逮捕されたという。

 読みながら胃のあたりが苦くなる。それは少し前に私自身が高江で見た光景と、ぴたりと重なった。朝9時少し前、工事現場に向かうダンプカーを一般車両が挟むように運転し、その様子を警察官が撮影していた。私はそれを、車の助手席から、流れる景色の中で見た。たった一瞬の光景だったのに、深い緑の中を射貫くように走る県道で、そこだけ空気が重く、張り詰めているのが伝わってきた。

 
 たとえ1日10分でもいいから工事を遅らせるため、工事車両の前を徐行したり、警察にごぼう抜きされるまで動かないなど、圧倒的な権力の前に、時計の針をゆっくり進ませる闘いを、私は沖縄で初めて知った。それは気が遠くなるような、地道な闘い。粘り強さが求められる権力との根比べの闘いだ。今、沖縄では、そのように闘ってきた人が熱い道路にねじ伏せられ、手錠をかけられている。

 私が高江に行ったのは8月最後の週。工事現場のゲートに向かう県道は、交通規制がかけられ、一般車両は全て止められていた。いつ規制が解除されるか分からないので、結局、一緒に行った友人たちとゲートの4キロ手前に車を止め歩くことにした。8月の沖縄のアスファルト、緩やかではあるがハッキリと上り坂。正直、歩くなんてあり得ないと思いながら、歩いた。その横をダンプカーや、なにわ、福岡、柏(千葉です)などの各地のプレートをつけた機動隊の車が通り過ぎていく。頭上には警察のヘリコプターが旋回している。

 交通規制がされる前は、抗議する人々や車で道がごった返していたというが、ようやくゲート前に着いた私が見たのは、反対の声が排除された静かな空間だった。抗議する一人に警官10人取り囲めるような厚い体制で、若い警官たちがズラリと並んでいた。「あの子たちは沖縄の子」と一緒にいた友人が教えてくれた。幼い雰囲気が残る沖縄県警の男性たちが、沖縄の人権を守れ、自然を守れと闘う人の前に立たされている。

 東京にいると沖縄が見えないと思っていた。見えていなかったのは沖縄ではなく、日本政府の素顔、醜悪な暴力だった。

週刊朝日  2016年9月23日号

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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