実はそのマルーリスは元レスリング世界女王で、現在は米大リーグ・レンジャーズのダルビッシュ有のパートナーでもある山本聖子の教え子のひとりだったというのだ。山本は2013年の引退後、アメリカ女子ナショナルチームのコーチをしていたが、吉田と山本といえば04年アテネ五輪の代表を争ったライバルだったことが思い出される。

 また、吉田についてはこんな声も聞こえている。昨年限りで10年間所属したALSOKを退社したのだが、それは芸能活動などの時間を確保するためだったともいわれている。ALSOKを離れれば、他社のCMにも出演できる。その明るいキャラクターで、メディアにも引っ張りだこで時間の許す限り、テレビなどに出演してきた。

 練習環境こそこれまで同様に至学館大学をベースにしてきたが、レスリングを長く取材する記者はこうつぶやいた。

「なぜリオが終わるまで待てなかったのか。芸能活動も行うためにALSOKを退社したが、金メダルはそんなに甘くない。大会前からこうなるのは目に見えていた」

 吉田が銀メダルに終わる一方、58キロ級で伊調馨が4連覇を達成し、48キロ級の登坂絵莉、63キロ級の川井梨紗子、69キロ級の土性沙羅と全6階級のうち、4階級で金メダルを獲得するなど、まさに日本は表彰台を独占した。

 伊調、登坂、土性の3人はいずれも対戦相手に終盤までリードを許す苦しい展開だったが、土壇場での劇的な勝ち方で勝負強さを見せた。なかでも印象的なのは4連覇を果たしながらも、さほどうれしさを表さなかった伊調だ。いつもの仏頂面は変わらず。その理由はレスリングの内容に納得がいかなかったからである。

「勝ったのはうれしいが、内容はダメダメ。金メダルに免じていただいて(点数は)30点。金メダルだったことは満足ですけど、レスリング選手としては『出直してこい』って感じです」

 ただ、日本のメダル独占を素直に喜べない一面があるのは事実。女子レスリングでなぜこれほどメダルが取れるかといえば、それは世界的な競技人口の少なさや層の薄さと関係があるからだ。以前、男子レスリングの元選手から、こんな話を聞いたことがある。

「レスリングが盛んな国はイスラム圏が多い。だから、必然的に女子の競技人口は男子に比べると圧倒的に少ないんですよ。吉田や伊調が勝ち続けてこられた要因の一つはそこにあります」

 たしかに、表彰台の選手は常連ばかり。日本の活躍はうれしいが、海外に広く普及し競争力が高まらなければ、競技自体がその魅力を失う。再び五輪の除外競技に挙がったとしても不思議ではない。(スポーツジャーナリスト・栗原正夫)

週刊朝日 2016年9月2日号