報道ステーションの古舘伊知郎がキャスターを降板した。室井佑月氏はそんなマスコミの状況に危機感を覚えるという。

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 硬派な報道番組がなくなってゆく。反対に報道番組のワイドショー化が、顕著になってきている。国民は自分の半径3メートル以外のことは考えるな、ってことみたいだ。

 それってあたしたちのためになるの? もうどうにもできないのかしら?

 3月末で報道ステーションの古舘キャスターが辞めた。

 3月11日は、福島県で発生している小児甲状腺癌(がん)を取り上げた。そして、放射能と関係があるのではないか?と疑問を投げた。

 3月18日は、古舘さんがドイツへ飛び、民主的であるといわれたワイマール憲法が、どうやってナチスに蹂躙(じゅうりん)されたのかをリポートした。

 ヒトラーはワイマール憲法の条文のひとつである「国家緊急権」──「大統領は公共の安全と秩序回復のため必要な措置を取ることができる」──を悪用し、独裁者になったという。

 国家緊急権によって、邪魔者を徹底的に潰していった。集会やデモを禁止し、出版物を取り締まった。野党の動きを封じた後は、個人の動きにまで監視の矛先を向けた。

 番組では、この「国家緊急権」と、自民党の憲法改正草案「緊急事態条項」は似ている、といっていた。

 ほんとに、そっくりだ。

 
 古舘さんは「日本にヒトラーが現れるようなことはないと思う」ってなことをおっしゃっていたし、ここまで読んでみなさんが頭に浮かべたあのお方の名前をあげることもなかった。

 怖いもんな。そのことも十分に伝わってきた。

 そして、その6日後のことだ。東京新聞にこんな記事が載ったのは。

「安倍内閣が、共産党について『現在においても破壊活動防止法に基づく調査対象団体である』との答弁書を閣議決定した。民主党と決別した鈴木貴子衆院議員の質問主意書に答えたものだ」(3月24日付、こちら特報部)

 夏の参議院選に向け、野党共闘の重要な鍵になる共産党への卑劣なレッテル貼りだ。

 反ナチス運動組織「告白教会」の牧師の、あの有名な言葉を思い出した。

「ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった。私は共産主義者ではなかったから。

 社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった。私は社会民主主義者ではなかったから。

 彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった。私は労働組合員ではなかったから。

 そして、彼らが私を攻撃したとき、私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった」ってやつだ。

 ひょっとして、ホップ・ステップ・ジャンプのステップ辺りに、もうこの国は踏み込んでしまっているのかもしれない。古舘さんの報ステがなくなったら、どこがこういう重要なことに気づかせてくれる? あたしたちは、いったいどうなっていくのだろうか?

週刊朝日 2016年4月15日号

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室井佑月

室井佑月

室井佑月(むろい・ゆづき)/作家。1970年、青森県生まれ。「小説新潮」誌の「読者による性の小説」に入選し作家デビュー。テレビ・コメンテーターとしても活躍。「しがみつく女」をまとめた「この国は、変われないの?」(新日本出版社)が発売中

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