安倍晋三首相は、アベノミクス「新三本の矢」で2020年までにGDPを600兆円にする目標を掲げたが、“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、実現は無理だと理由をこう述べる。

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 12月4日、BS日テレ「深層NEWS」で藤井聡内閣官房参与(京都大学大学院教授)と議論した。アベノミクスの第2弾「GDP600兆円の実現可能性」に関してだ。藤井教授は、ご自身が提唱した(キャスターの方に突っ込まれて否定されなかった)のだから当然のこととして、実現は「可能」。私は「不可能」との立場だった。

 600兆円は、内閣府の「中長期の経済財政に関する試算」の「経済再生ケース」で名目3%、実質2%の経済成長を続ければ2020年度にほぼ達成するとされる数字だ。

 日本経済は20年間、名目GDPが約500兆円のまま低迷した。それを突然5年間で2割増しの600兆円にするというのなら「目が覚めるような政策」が必要だ。しかし、そのような政策は聞いていない。現在の潜在成長率は実質1%といわれている。潜在成長率とは労働、生産性、資本をフル活用したときに達成可能な成長率で、中長期的な成長の天井だ。少子化で労働人口が減っているから、天井を引き上げるには、生産性の向上か資本増しかない。生産性だけに頼るなら2%以上の向上が必要となるのだが、これはイノベーションが盛んな米国の2倍以上の伸びとなる。

 私が「不可能」と断じる最大の理由は財政危機の存在だ。名目3%、実質2%という高成長が続けば消費者物価指数(CPI)は2%を安定的に上回るだろう。日銀は、10月発表の展望レポートで当初3年間の実質成長率を内閣府の計算よりかなり低く抑えた。それでも来年度後半にはCPI2%達成を公言している。日銀がCPI2%の目標を達成したからといって異次元の量的緩和をやめたら国債市場は暴落だ。市場の7割、来年は8割という爆買いをする買い手がいなくなればどんな市場でも暴落する。入札は不可能となり政府の財布は半分が空になる。日本のギリシャ化だ。ギリシャと日本の差は、中央銀行が紙幣を刷って政府の資金繰りを助けられるか否かの差しかない。ギリシャ化が嫌だといって日銀が実質的な財政ファイナンス(政府の赤字を中央銀行が紙幣を刷ることによってファイナンスする)を続ければハイパーインフレまっしぐらだ。

 
 さらなる財政出動を推奨する藤井教授は、財政への危機感がなさすぎると思った。番組の中でCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)を持ち出したのがいい例だ。「CDSのレートが低いから日本の財政は大丈夫」とおっしゃった。しかしCDSレートとは国の倒産確率だ。日銀が未来永劫に国債を買い続ければ、政府は資金繰り倒産しないからCDSレートは低いままだろう。しかしハイパーインフレのリスクは高まる。国債年間発行額の8割を買う日銀が撤退しても「国債市場は異次元の量的金融緩和前の状態に戻るだけだ」ともおっしゃった。1998年、国債発行額のたった2割を買っていた「資金運用部」が購入をやめると発表したとたんに国債が大暴落をしたのをご存じか?

 昨年の参議院デフレ脱却調査会で「国債市場が崩れることはない。保有者に質問したところ、『Xデーが来ても国債は売らない』という結果が出たからだ」と報告をされた。しかし、誰一人売らなくても、政府が毎年発行する40兆円を買い“増す”人がいなければ国債市場は大暴落する。国債市場の経験のない方が生半可な理解で財政出動を提言するのは危険だと私は思う。

週刊朝日 2015年12月25日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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