ピーク時から値下がりしているガソリン価格。国民にとっては支出が少なく助かるが、“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は値上げと定額販売にすることで多くのメリットがあると主張する。いったい、どんな効果があるのか。

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 中学・高校の同級生の関水和久東大大学院薬学系研究科教授から電話があった。

「ヨーグルトを開発して、市販を始めたから食べてくれる?」とのことだった。喜んでいただくことにしたのだが、関水君いわく「自宅に送るけど、住所って覚えている?」。

 えええ? 自慢じゃないが、私は家内の名前と自宅の住所は忘れたことがない。東大教授ともなると、とんでもない質問をするものだ。記憶をつかさどる頭の中はすべて研究対象に占められているのだろうか?

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「景気が良くなればインフレになる」のは事実だが、「インフレになれば景気が良くなる」かは疑問だ。もし、間違いなく「インフレになれば景気が良くなる」のなら景気回復など簡単だ。学費、公営交通機関、水道など政府・地方政府が管轄している料金のすべてを20%値上げすればいいのだ。インフレになるだろうから景気が良くなる理屈となる。もちろん、そんなことはありえず、景気は逆に悪くなるだろう。

 そうは言いつつも、私はガソリン代を大幅に値上げし、市況に関係なく定額にすべきだと思っている。とんでもない主張だとは思わないで頂きたい。私は学者の先生ではないのだから。

 ガソリン代をリーマンショック前のピークの1リットル=180円に固定する。現在のガソリン代が120円程度だとすると、その内訳は販売者が受け取る金額が66.2円で税金が53.8円(揮発油税48.6円、地方揮発油税5.2円)だ。1リットル=180円に値上げ後は販売者が受け取る金額が60円なら税金は120円、販売者が受け取る金額が50円なら税金は130円となる。

 すなわち「定額税金」から「変額税金」とするのだ。

 
 このメリットは、まずはデフレ脱却に寄与する。第2に財政赤字縮小に寄与する。揮発油税収は現在2兆5千億円ほどだから、約3兆円強の増収だ。昨年度の相続税収(平成27年度予算編成時予測)の約1兆8千億円より多い。

 第3に代替エネルギーの開発が進む。電気自動車や水素自動車の開発に熱が入るからだ。特に私は、近い将来、円安が劇的に進むと考えているので、そのための早めの準備が必要だと思うのだ。大幅円安になるとガソリン代は税金を除いても1リットル=160円などでは当然収まらない。早期の国産燃料の開発が不可避なのだ。電気自動車の場合、輸入燃料からつくられる電気を使うから同じだと言われるかもしれないが、私は電気代も値上げして太陽光、風力、バイオマスなどの再生エネルギーの開発を促進させるべきだと思っている。再生エネルギーが促進されれば、原子力のフェードアウトも早く進む。

 第4のメリットは不要不急のガソリン車の運行が減るから温暖化ガスの削減にも貢献することだ。

 これだけのメリットがあっても、インフレ懸念があるときにこの政策を実行するのは難しい。インフレが加速するからだ。だが、今はその心配は全くない。政治的には運輸業、車産業、ガソリンスタンド業界からの抵抗も考えられるが、ピーク時に経験した価格までなら説得もしやすいだろう。それに円が暴落してガソリン代が暴騰したときに、代替エネルギーが開発されておらず、最も大変な思いをするのは彼らなのだ。

週刊朝日 2015年11月13日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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