司馬遼太郎さんは三英傑を評して、信長を前衛芸術家、秀吉を商売で蓄財した後に政治家になるタイプ、家康を高級官僚にたとえた。私も信長には芸術家的資質を感じる。もっと正確に言えば、芸術家的な直観力で社会を変革しようとした人だと思っている。スティーブ・ジョブズのようなイメージだ。当時の前衛芸術だった茶の湯を広める、独創的な安土城を造り、さらにこの城をライトアップする、京都では馬揃えというイベントをやる。そうしたことから考えると、今日でいうデザイン思考やイノベーションに強い人だったのではないだろうか。

 おもしろいのは、信長の息子たちは、父の芸術家的資質を受け継いだらしいことである。いずれも芸能好きで、腕前もかなりのもの。信忠、信雄、信孝の3人で群衆を前に舞を披露したこともあったという。信忠など、能楽に入れ込み過ぎ、信長に叱責されている。

 まるでベンチャー企業の創業者の息子たちがバンド活動に夢中になり、オヤジに叱られているみたいでおかしい。安土城というと「天下に思いをはせ、天守閣から下界を睥睨(へいげい)する信長」といった絵が目に浮かぶ。しかしその信長が心中、「将来をあんな息子たちに任せて大丈夫だろうか」などと考えていたと想像すると、これまでとは違う信長像が見えてくる。

週刊朝日  2015年10月2日号