作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。北原氏はドイツと東京の違いを「感謝」で比較した。

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 ドイツのホテルでテレビをつけたら、生理用ナプキンのCMが流れてきた。女たちが笑いながらダンスしている。どんなに激しく踊っても、ぴったりしたパンツをはいていても大丈夫!というような明るいCMだ。それを見ながら、何かが違うと思う。何かが私の見慣れているものとは違う……と思い気がついた。女たちが全く若くないのだ。ほぼ全員が、30代、40代(に見える)女たちなのだ。

 閉経する年齢は人それぞれだけど、平均50歳と言われている。そう考えれば、生理用品を使用する人の多くが30代以上のはずなのに、30代の女性が「生理のときも、安心だね!」と踊ったり、50代の女性が「もうすぐ終わるからこそ、こだわりたいよね!」と語るそんなCM、日本で見た記憶がない。たいていの場合、20代の女性がぐっすり眠ったり、はつらつと街を歩く……そんなイメージじゃないか。

 生理用品を買えば、外から見えないように紙袋に入れてくれる親切な日本だけど、どこかコソコソ感を強いられているのが拭えないし、ましてや中高年女性による月経語りなど、ほとんどメディアからは聞こえてこない。だからだろうか。こんな風に中年女性が当たり前のように生理用品CMに出ているのを見るだけで、何だか楽な気持ちになり、ありがとうございます……と感謝をしたくなるのだった。

 
 ここにいると、私の感謝のレベルが低い……とドイツ在住が長い友人に笑われる。電車で重たい荷物を網棚にあげようとしていたら、「ボクがやるから!」と当然のように手伝ってくれた男子をあやうく好きになりかけたり、道でぶつかったときに、すぐに謝ってくれるおじさんに「あなたの人生に祝福を!」という気分になったり、大きなベビーカーを電車に持ち込んで通行の邪魔になっても誰も文句を言わず、赤ん坊がギャーギャー泣いても、緊張が走る気配も、母親が申し訳なさそうにする様子もない電車内に、ここは天国なの!? この電車に住みたいくらいだよ! と感激したり。東京での生活に、どれだけ緊張を強いられ、ストレスを感じているのかが、自分でも改めてわかる。ということをドイツ在住の友だちに言うと、「感謝レベル低すぎ」と心から同情される。

 もちろん、いいことばかりじゃないのは承知。そして、ドイツにいると、いかに日本がキチンとしている国かもよくわかる。先日、友人と電車に乗ったとき、券売機に大きなお札が入ること、おつりが全部コインではなく、お札とコインで正確に戻ってきたことに、彼女が文字通り跳び上がり拍手し、「すごい! ドイツなのに、すごい!」と小躍りしたのを見て、私は目を疑った。感謝のレベルが低すぎるだろう!

 どっちの国がいいかなんて、言えない。それでも少なくとも私は、女や子どもに厳しい社会から疎開しているような気分で、ドイツの夏を過ごした。本当の意味で「守られる」とは、こういうことだろう。存在を認められ、尊重されるということ。

週刊朝日 2015年9月4日号

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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