原爆の恐怖は続く 被爆者が安保法案に“切実な願い” (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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原爆の恐怖は続く 被爆者が安保法案に“切実な願い”

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終戦、そして原爆投下から70年をもうすぐ迎える。しかし、その影響はまだ続いている(※イメージ)

終戦、そして原爆投下から70年をもうすぐ迎える。しかし、その影響はまだ続いている(※イメージ)

 終戦、そして原爆投下から70年をもうすぐ迎える。しかし、その影響はまだ続いている。

 広島への原爆で父親を亡くした井原毅士生(きしお)さん(72)。井原さんは2歳で当時の記憶は一切ない。だが、2012年に亡くなった実姉の遺品整理をしている際、姉が原爆について書いた手記を見つけた。

「私と姉と母は広島市矢賀にある親戚の家に疎開していたそうです。廊下で遊んでいたときに『ピカー』と何とも言えぬ光が空に広がり、まもなく『ドーン』という音が聞こえ廊下の隅で親子3人で抱き合っていたそうです」(井原さん)

 母親はその後、毎日、父の安否を尋ねまわったという。だが、しばらくして父の友人から、父の部隊は全滅と聞き、母は玄関先に倒れ、夕刻近くまで泣いていたという。

 その母親は病気を患い、1990年の8月6日に旅立った。

「父の命日に逝くとは不思議なものだなと思いましたよ。父を亡くした後、母は保母の資格を取って私たちを育ててくれました。原爆後、瀬戸内海の小さな町に引っ越しました。当時は『原爆にあった人が来ているようだ』などと、近所でうわさされることもあったようですね」(井原さん)

 井原さんは戦後65年目に胃がんを発症。原爆症の認定を受けた。


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