“伝説のディーラー”と呼ばれ、モルガン銀行東京支店長などを務めた藤巻健史氏は、日本の農業が衰退した最大の理由は円高が原因であるという。

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 民主党の新代表に選ばれた岡田克也氏は新聞によく「原理主義者」と紹介されていた。それを読んだ長男けんたが言った。「お父さんと同じだね。お父さんは通貨原理主義だから」。「いや違う。為替市場主義だ」と反論したら、「いや、為替至上主義だよ」と返された。

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 私が所属する参議院決算委員会の2月10日の会合は、農林水産省と環境省の個別審査だった。西川前農水大臣に「為替についてお聞きします」と始めたら、「なんで農水大臣の私にそんなこと聞くの?」というお顔をされた。そりゃそうだろう。為替はどう考えても財務省の所管だからだ。

 委員会での西川前大臣によると、一時は11兆7千億円あった日本国内の農業の生産高はいまや8兆5千億円だそうだ。日本の農業が衰退した理由を大臣は、いろいろおっしゃっていたが、私は大臣のふれなかった円高こそが、最大の理由だと思っている。

 そもそも、日本人全員がダイエットを始めたわけではあるまい。国内生産高が外国の農産物に押されたせいだろう。実際、現在は6兆円ほど外国から買っているそうだ。農産物は世界中で味はそう変わらないし、安全性や品質では国内産が有利なはずだ。値段で負けたとしか考えようがない。ならば理由は為替である。

 1袋=1ドルの外国産砂糖は1ドル=360円では輸入価格が360円する。しかし1ドル=90円の円高になれば90円だ。外国製砂糖が4分の1の価格になれば、沖縄のサトウキビ産業は価格競争力を失い斜陽化するのは自明だ。

 だからこそ、農水省が農家を守りたいのなら「支援金を分捕ること」でも「関税を守ること」でもなく「円安を勝ち取ることだ」と思うのだ。だから私は委員会で聞いたのだ。

 米国の農業団体は「ドル安にせよ」とよくデモをした。それを日本のマスコミがとりあげ、ドル安円高が進行したこともあった。ドル高是正を推し進めた1985年のプラザ合意は「実はドル高で窮地に陥った米国農業を守るためだった」とも聞く。それなのに日本の農業団体が「円安を」とデモをした話など聞いたことがない。

 円安だと酪農用飼料の値段が高騰するから大変だという声も聞くが、飼料代が2倍になっても輸入牛肉の値段が2倍になったほうが日本の酪農にとって国際競争力が増していいのではないか? それとも米国産や豪州産の値段が半分になっても、飼料が半額になったほうがいいとでもいうのだろうか?

 この委員会ではTPP(環太平洋経済連携協定)への質問も多くあった。TPPはパッケージディールだから「農産物分野だけ関税を守れ」と言ってもそれは無理な話だろう。それならば米国に「関税を引き下げてもいいから、その分、円安を認めろ」と言うのも交渉のひとつだろう。

 モルガン銀行の支店長として長年、欧米人と交渉してきた私はそう思う。1ドル=100円では、1袋=1ドルの外国産砂糖は50%の関税がかかっていれば150円だが、50%の関税を廃止しても1ドル=150円になれば、同じく150円のままなのだ。国際競争力は変わらない。机上の学問をしている学者が「為替は動かせない」と言おうとも、30年ちかく実務の世界にいた私は「動かせる」と思うのだ。

週刊朝日 2015年3月6日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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