2月3日、10年利付国債(第337回)の入札結果が発表された。“伝説のディーラー”と呼ばれモルガン銀行東京支店長などを務めた藤巻健史氏は、その結果に財政破綻を危惧する。

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 米銀のモルガン銀行勤務時代、日本銀行と大蔵省(現・財務省)にはよく頭を下げた。部下の計算ミスで法定準備預金(日銀と取引のある銀行は、日銀にある当座預金に一定の残高を積んでおかねばならない)を積み損ない、日銀に頭を下げに行ったときは、「法律違反です。前科1犯ですよ。こういう場合、邦銀は頭取が謝罪に来るんです。お宅も会長が来てください」と怒られ、参った。

 こんなことで会長を日本に呼びつけたら私は首だよな、と。幸い、当時の米国人の支店長で許してもらったが。ちなみに当時の法定準備預金は銀行全体で4兆円だった。当時は無利息だったから銀行は余分な資金を置かなかった。

 それが異次元の量的緩和で、今や当座預金残高は178兆円(2014年12月末)。異常な世界だ。

 大蔵省にもよく行った。支店長になる前にも、同僚の外国人の部署でミスが起こると、「日本語ができないから」と代わりに私が行かされた。ある日、お説教を20分ほど聞いて帰ろうとしたら、それまで渋面をつくっていた係長がニヤッと笑って、「覚えていらっしゃらないと思いますけど、私、入社試験でJPモルガンを受けて面接でフジマキさんに落とされたんですよ。しかしおかげで大蔵省に入れました」。

 45度下げていた頭を90度に下げた後、大蔵省を去った。

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 金融機関で働く以上、監督官庁である大蔵省には気を使った。たとえば国債の入札時である。全く応募しないと大蔵省の機嫌を損なうかもしれない。しかし多額の国債は手に入れたくない。そういうときは、ギリギリ外れると思われる応募価格に大量に札を入れた。

 たとえば予想最低落札価格が99円のときに90円と離れた金額で入札すると、「おちょくっているのか」と怒られそうなので、98円85銭とか、ギリギリだが絶対落札しそうもないところに3千億円とか入札するのだ。

 そうすると怒られないし応募倍率も高くなって大蔵省も機嫌がよかった。このようなことがあるので、応募倍率が高いからといって、「100%、良い入札」とは言えないのだ。一方で、「応募倍率を低く見せかけよう」という操作はできない。したがって応募倍率が低ければ、間違いなく悪い入札だ。

 2月3日の10年物日本国債の入札応募額は1年半ぶりの低額で、応募倍率は低かった。より大きな問題は「テール」が45ベーシスポイント(BP)と、べらぼうに大きかったことだ。テールとは入札成功の平均価格と最低価格との差で、大きければ大きいほど悪い入札ということになる。

 99円87銭が入札成功の平均価格だったのに99円42銭しか払わなかった人まで購入できたのだから、いかにこの入札に人気がなかったかがわかる。この30年近くで、主力の10年物国債の入札で、これほどまでにテールが広がったのはあまり記憶にない。03年7月に90BPというのが一度あったが、それ以外はなかったと思う。そろそろ日銀の量的緩和が限界にきた可能性もあると思っている。

 昔、幸田真音さんの『日本国債』という小説がベストセラーになったが、この小説に書かれている国債暴落の引き金はこの国債入札だ。国債暴落は財政破綻の引き金となりうる大変怖い事象なのだ。

週刊朝日 2015年2月20日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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