作家でコラムニストの亀和田武氏は、大人の愉しい食マガジン「あまから手帖」のあるエッセイについてこういう。

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 満月弁当。そのネーミングを目にしただけでしあわせな気分になる仕出し弁当が、関西の食マガジン「あまから手帖」(クリエテ関西)11月号に紹介されている。

 京都・木屋町御池下る一本目東入の『河久(かわひさ)』で、門上武司さんは40年ほど前に、まんまるの弁当箱に詰められた献立を目にした。「真ん中に小さな円があり、そこには炊きたての白いご飯が入る。周りが四方に分かれ、造り、焼き物、八寸、揚げものなどが美しくちりばめられている」

 岡持ちを提げた若い料理人が自転車で弁当を運ぶ。「ここで食べられないのですか」「これは仕出しだけなんです。申し訳ございません」。それから幾星霜、40代後半に京都へ引っ越した門上さんは、早速『河久』に電話する。「満月弁当を運んでもらえますか?」。若いころの夢がついに叶った。値打ち物の個人史を読ませていただいた。

 京都でも少なくなった仕出しに、今回の旅で出会えた。何年か前にこのコラムで書いた“行きつけのお寺”でご馳走になった。行きつけの店ではなく、お寺。枡ごとに入った料理がどれも洗練され、しかもパンチがある。食後に2階で古いSP盤を蓄音機で聴く。伝説の名女優が、京都に来るたび泊まった部屋だ。

 京都では前衛と歴史が共存している。出町柳でレンタサイクルを借り、下鴨神社を抜けて、森見登美彦の小説でお馴染みの元田中で喫茶店に入った。ふっと壁に目をやると、京大西部講堂での舞踏公演のポスターが貼られていた。

 西部講堂! 70年代のコミューンが現役で健在だ。講堂の屋根瓦に刻まれたオリオンの三つ星は、いまも消えてないだろうか。弁当、喫茶店、解放区。流行に惑わされない街の凄味を見た。

週刊朝日 2014年11月21日号