トシエさん宅では、長女が身重の体をひきずりながら、掃除機でゴキブリを吸い込んでいた(撮影/写真部・大嶋千尋)
トシエさん宅では、長女が身重の体をひきずりながら、掃除機でゴキブリを吸い込んでいた(撮影/写真部・大嶋千尋)

 家の内外がゴミであふれ、悪臭や害虫の原因にもなる「ゴミ屋敷」が全国で深刻化するなか、一人暮らしの高齢者のケースは認知症が関係することがわかってきた。

 必要な医療や介護を拒んだり、家にゴミを放置したままにしたりする状態は「セルフ・ネグレクト」(自己放任)と呼ばれ、65歳以上で全国に約1万1千人いると推計されている(2009年度、内閣府の経済社会総合研究所の調査)。調べたのは民生委員や地域包括支援センター職員たちだ。

 この問題に詳しく、『ルポ ゴミ屋敷に棲む人々』(幻冬舎新書)を書いた帝京大学医療技術学部の岸恵美子教授が言う。

「セルフ・ネグレクトとは、生活上すべき行為をしない、または、する能力がないことで、心身の安全や健康が脅かされる状態を指します。家の前や室内にゴミが散乱している、極端に汚れた衣服を着ている、ケガをしているのに治療やケアを拒否する、などが見受けられます」

 ひいては地域や家族からも孤立し、ゴミ屋敷状態や孤立死にもつながっていく。

「セルフ・ネグレクトに陥るきっかけはさまざまですが、高齢者の場合は認知症が考えられます。配偶者に先立たれて無気力に陥っている人もいます」(岸教授)

 認知症の治療を受けさせようと医療機関に連れていこうとしても、本人が嫌がれば受診につながらない。たとえ認知症と診断されて介護サービスが受けられるようになったとしても、高齢者自身が自宅の内外にため込んだゴミについて「捨てるものではない」と言い張れば、第三者が片づける権限はどこにもない。それが、認知症の人のゴミ屋敷問題をより複雑にしているのだ。

 一人で暮らす認知症のトシエさん(仮名・72歳)は認知症が進んでいたために自宅内でゴキブリが大量発生していても、近隣住民に苦情を訴えられることもなく、そのまま暮らし続けていた。発覚したのは介護サービスの利用を開始し、スタッフがトシエさんの暮らしぶりを垣間見るようになったからだった。だが、今後はどうするのか。核家族化や、隣近所の人たちとの関係が希薄になっていく社会で、“家の中”というブラックボックスで起きる異変に外から気がつくのは難しい。

週刊朝日  2014年11月7日号より抜粋