安倍首相がライフワークと自負する拉致問題が、立ち往生している。今年5月に日本人拉致被害者らの安否について再調査するとした北朝鮮は、「9月第2週」に設定した第1次報告を、「大幅に遅れる」と延期。さらに日本政府の担当者を平壌に派遣して、特別調査委員会のメンバーから話を聞いてほしいと提案してきたからだ。

 第1次報告には横田めぐみさん(拉致当時13歳)ら日本政府認定の拉致被害者12人の安否情報が盛り込まれるとの話もあった。それだけに、被害者家族の失望の色は濃い。

「『北朝鮮は信用ならない』とわかっていても、5月に安倍首相が『北朝鮮が全面的調査を約束した』と大々的に発表したので、期待した被害者家族は多かった。このまま北朝鮮ペースで進み、進展なく終わってしまうのではという不安なムードも家族会には出てきています」(外務省担当記者)

 安倍首相の拉致問題解決への思いは、歴代首相の中でも特に強い。小泉政権の官房副長官だった2002年に拉致被害者5人が一時帰国した際、周囲の反対を押し切って北朝鮮に帰さないことを決断している。

 首相に返り咲いた一昨年12月には、拉致被害者家族会のメンバーに「必ず安倍内閣で解決する。まだ日本独自にかけられる制裁はある」と約束した。

 だが、この1年10カ月、日朝外務省担当者の協議は何度も開かれ、横田めぐみさんの両親とめぐみさんの娘の面会は実現したのに、拉致被害者や特定失踪者の帰国までには至っていない。

「安倍首相の『相手に譲歩しない。制裁をかけて正面突破』では限界がある」「北朝鮮と一対一ではなく、中国やモンゴルなど周辺国を巻き込んで交渉すべきだ」

 首相を支える身内の自民党内からも、こんな批判があがり始めた。

「今年1月に大きなチャンスがあった」と唇をかむのは北朝鮮情勢に詳しいベテラン国会議員だ。

「昨年12月、金正恩政権は張成沢・元国防委員会副委員長を粛清しました。張氏は中国と気脈を通じていたため、習近平(しゅうきんぺい)国家主席は激怒。北朝鮮への石油などのエネルギー支援や食糧支援は一気に落ち込みました。この時期、北朝鮮は窮地で日本に拉致被害者を帰して実を得ようという意見も出ていたと思います。安倍首相自ら北朝鮮に乗り込み、交渉できなかったのか、という思いはあります」

 国連食糧農業機関(FAO)のデータなどによると、今春あたりから中国と韓国は北朝鮮への食糧支援を復活させていた。食糧にさほど困っていない北朝鮮が、なぜ5月に日本と「全ての拉致被害者と特定失踪者の再調査」で合意したのか?

「拉致は安倍首相が特にこだわっている政策だからですよ。喉から手が出るほど欲しい拉致被害者の情報をチラつかせれば、強硬路線をやめてカネを出すと読んだ。多額のカネをくれるなら被害者の帰国を考えてもいい、それがだめならゼロ回答だとまで考えていると思います」(前出の議員)

 足元を見られている安倍首相。起死回生の策はあるのか。

週刊朝日 2014年10月31日号