交通事故で体が痛い、頭痛がする、そんなときは整形外科など医師にかかるのが通常だろう。けれど、医科で治りにくい全身症状が、歯科で改善されることがある。患者も増えているのだが、自動車保険が歯科医療を軽視している。歯科治療に保険金が支払われないケースが多く、保険加入者や歯科医師たちは怒っている。

 愛知県にある日本生体咬合研究所の所長で歯科医師の中村昭二氏が、自動車保険について、こんな問題を指摘する。

「交通事故の被害者を治療する場合、医科の場合には、自覚症状の有無にかかわらず、ほぼ無条件で自賠責保険が適用され、保険で精密検査を受けることもできる。それが、歯科となると損保会社の態度は急変します。被害者が苦痛を訴えて来院しているにもかかわらず無視され、顎関節症や咬合痛があっても、被害者自身が因果関係を示さなければ検査代も応急処置費用も出さないというのです」

 事故に遭って医科で治療すれば保険金が出るが、歯科で治療すると保険金が支払われないというのだ。これは損保会社によっても対応が違うと中村氏は話す。

「私の経験では、三井住友海上とJA共済などは、精密検査や応急処置、診断料だけはとりあえず認めてくれますが、ほかの大手損保は認めてくれないところが多い。私の患者さんの中には、東京海上日動火災や損保ジャパン日本興亜といった会社とトラブルになっている方もおられます」

 主婦のAさん(43)も、中村氏に応急処置などを受けたが、損保会社から保険金支払いを拒否されて困惑している患者の一人だ。

 Aさんは昨年5月、車で直進中、路外から左折してきた車に左後方から衝突された。この事故の直後から右の顎関節が痛み、口が開きづらく、ものをかんだりのみ込んだりしにくくなったほか、自身の舌をかんでしまうようになった。さらに肩、腰、足首、右側頭部にも痛みを感じはじめた。直後は整形外科に通院したが、症状が改善せず、知人の紹介で中村氏を訪ねた。

 損保会社の理不尽な対応を何度も体験してきた中村氏は、Aさんの診断前に、昨年発足した日本歯科鞭打ち症研究会の規定に基づいて、トラブル回避のため、加害者側の任意保険会社「あいおいニッセイ同和損保」に連絡。同損保から、

<精密検査および応急処置等の費用につきましては、当社は直接、貴歯科医院に全額お支払い致します>

 という承諾の書面を受け取った。その上で、検査をした結果、Aさんは「外傷性下顎骨変位に伴う顎関節症および咬合異常、それに伴う咬合関連症状」と診断されて、応急処置を開始。症状は改善に向かった。

 ところが昨年12月20日、Aさんのもとに突然、同損保代理人の弁護士から「通知書」が届いた。書面には、既に開始している歯科治療に関して、

<受傷機転が明らかではなく、受傷の事実を確認できません。また、仮に何らかの症状があるとしても、本件事故との相当因果関係が不明であるため、当方においてお支払いすることはできません>

 と書かれていた。さらに、年明けの1月7日には、中村氏の元にも同代理人から、「治療費は支払えない」という一方的な通知が届いた。中村氏は憤りを隠せない様子で語る。

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