「事前にとりつけた承諾書を反故にされただけではありません。実は、損保会社の医療調査スタッフは、私が出した診断資料の確認のため、12月25日に私の歯科医院を訪れました。私は客観的資料に基づき、多くの時間をかけて事故と症状との因果関係があることを説明する書類を作成し、32枚にも及ぶ証拠資料をスタッフの要望により提出したのですが、それを無視されたのです」

 前述のとおり、Aさんの元に治療費は支払えないという通知が届いたのは12月20日。同損保は、実際に被害者を診断し治療した中村氏の説明を聞く前に、結論を出していたことがわかる。「これには当院を訪れた医療調査スタッフも驚いたようで、『寝耳に水』と嘆いていました」(中村氏)

 同損保は、中村氏との面談前に「支払わない」と結論を出したことについて、こうコメントする。

「当社としては中村先生の診断結果を否定しているわけではないが、事故態様と中村先生の受診当時の診断書や審査所見を含む診断結果などを基に弁護士に判断を委ねたところ、本件事故と受傷との間には相当因果関係がないとの結論に至った」(損害サービス業務部自動車グループ)

 社内で判断するにあたって、歯科の専門家の意見は聞いたのかと尋ねると、

「当社の顧問医である歯科医師の意見を仰いだ」

 とのこと。しかし、Aさんとその“顧問医”は面談すらしていない。当事者を診察することなしに、「因果関係」を否定したことになる。

 それは許されるのだろうか。あいおいニッセイ同和損保広報室の見解はこうだ。

「提示された資料に基づいて一般的知見を述べること、すなわち、資料の範囲内で医師が考えを述べていることは違法ではない。今回は、その見解を因果関係有無の判断の一つの材料としている。裁判所の鑑定においても、診察することなく資料により医師が鑑定意見を述べることはままあること」

 Aさんの代理人をつとめる名古屋第一法律事務所の川口創弁護士は、こうした損保会社の対応は違法ではないか、と疑問を呈する。

「保険会社の顧問医が、患者を直接診断することなく因果関係を否定するケースは実際には多々あります。しかし、医師法も歯科医師法も、『自ら診察しないで診断書を交付してはならない』としています。意見書も実質的に診断書といえる以上、直接診察をせずに意見書を作成することは違法だという指摘はかねてある。今回も、歯科医師法に違反する可能性があります。背景には歯科治療の必要性についての無理解があると言わざるを得ないでしょう」

 中村氏も語る。

「まさに、歯科医学、歯科医療に対する冒涜(ぼうとく)です。このような損保会社の対応によって早期治療が受けられず、症状が悪化した被害者もいるのです」

(ジャーナリスト・柳原三佳)

週刊朝日  2014年10月3日号より抜粋