4月の診療報酬改定で、認知症の患者は保険を利用し、精神科の訪問看護を受けられなくなったという。医療法人心清会理事長で精神科医の川﨑清嗣医師は、この件に関して異議を唱えている。

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 私は20年前に上野でクリニックを開業し、往診を始めました。認知症の患者さんも多くいましたが、患者さんの家に出向くと、診療所や病院では見えにくいことがよく見えました。病状のせいだけでなく、置かれた環境、家族関係や介護する力の度合いで外出もできず、治療を受けられないケースが多くあったのです。

 そもそも認知症の方が受診を拒否するのは、ご本人に病気の自覚が乏しいからです。認知症の方は「自分が正しい」と思いがちなので、周囲が理屈で説得しても納得しません。一方的な態度を見せるとプライドが傷つき、身近な家族を「いやな人だ」と攻撃し、ご家族がやりきれないという事態になってしまいます。そんなご家族を支えて指導するのも、精神科の医師や訪問看護スタッフの大切な役目だと思ってきました。

 私たちが訪問診療や訪問看護を実施するときは、まず雑談から始め、顔を覚えてもらい少しずつ心の距離を縮めます。診察以上に、信頼関係を築いていくのに訪問看護は重要です。とにかく認知症は診療のレールに乗せるまでが大事で、そこが他の科の在宅診療と大きく違うところなのです。

 ところが、この4月の診療報酬改定で、認知症の患者さんが、保険を使って精神科の訪問看護を受けられなくなったのです。うつ病や統合失調症は医療保険で訪問看護を受けられるのに、精神症状があっても認知症という病名ではだめ。国は認知症にお金をかけるなと言うのでしょうか。長年かけて培った患者さんやご家族との関係が途絶えることがとても残念です。

 認知症は世に浸透したのに、いかに家族ぐるみの心のケアが大切か、そのためにいかに精神科の訪問診療や訪問看護が大事なのかが、まったく理解されていないのです。

週刊朝日  2014年8月1日号より抜粋