今年2月、慶応大学2年のA君(21)がスペイン旅行の帰路で、バルセロナからドバイ行きの飛行機に乗っていたときのこと。右前方に座った乗客が、気分が悪くなって吐いてしまった。

 機内はちょっとしたパニック状態になった。キャビンアテンダントが消臭スプレーを使っても、においは消えない。ある者は悲鳴をあげ、ある者は怒鳴りだす。赤ちゃんも泣きだし、機内の雰囲気が悪くなる一方だったが、そのとき突然、A君の3列ほど前に座っていた中年の男性が立ち上がり、靴を脱ぎ始めた。ヨーロッパ系の男性で、自分の靴をかざして叫んだ。

「俺の靴のにおいのほうがすごいぞ!」

 そして、自分の鼻にその靴をあてがったのである。

 まるで非常用酸素マスクのようだった。別の男性も立ち上がって靴を脱ぎ、

「俺のほうがすごいぞ!」

 2人は鼻に靴をあてがったまま、通路を練り歩きはじめた。機内はじわじわと笑いに包まれ、

「私だってすごいわ!」
「俺だって!」

 と、女性を含め、靴を顔にあてる乗客が続出した。機内のムードは和やかになり、赤ちゃんは泣きやみ、気分が悪くなった乗客も回復してきた。

「救世主っているんだな」

 と、いつの間にか靴を鼻にあてがうA君だった。

週刊朝日  2014年6月6日号