アラブの春を機に、徐々に国際影響力が弱まってきているアメリカ。ジャーナリストの田原総一朗氏は、日本はこの時を利用すべきだとし、次のように話す。

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 いったい、アメリカはどうなっているのか。債務不履行の危機に苦しむ現在の惨状を見ると、疑問よりも失望感のほうが大きい。

 歯車が狂ったのは「アラブの春」からだ。チュニジア、エジプト、リビアと次々とデモが広がり、エジプトの独裁者ムバラク大統領が追放された。従来の米国ならムバラクを守ったろうが、オバマ大統領は彼を見捨てた。ムスリム同胞団による新政権を追認し、それがクーデターで倒れると、また次の政権を追認。アメリカの国際的影響力は地に落ちた。

 もっとガッカリしたのがシリア問題だ。化学兵器で千人以上が殺された事態に、オバマ大統領は「レッドラインを越えた」と攻撃を宣言しながら判断を議会に委ね、結局、行き詰まった。この間に、ロシアのプーチン大統領がアサド大統領と話し合い、化学兵器の国際管理を約束させた。米国はロシアの外交にしてやられた、もっと言えば、ロシア外交に救われたのである。

 こうした失態が、米国内でオバマ大統領への不信を募らせることになった。共和党が医療保険制度改革「オバマケア」への批判を蒸し返したのだ。これは3年前に議会を通り、最高裁も認めて決着がついた話なのだが、茶番のような政治ゲームが展開された。議会は政府の債務上限の引き上げに応じず、政府機関の一部が閉鎖。さらには、債務不履行の危機までが迫っている。オバマ大統領は対処に追われ、10月7、8日のインドネシアでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉に出席できなかった。

 こうした中、私は日本の役割に改めて注目している。TPPに遅れて参入し、「農業5品目を聖域に」などと守り一辺倒だったが、オバマ大統領が来なかったことで、いや応なく調整能力の発揮が求められている。TPP交渉の最大の障壁は、実は日本ではない。米国が求める知的財産権の期限延長や国有企業の民営化に、国有企業の多いマレーシアなど新興国が反対しているのだ。中国は一見、TPPをバカにしたような態度をとっているが、国有企業が多すぎてそもそも交渉にも参加できない。日本がしっかりしなければいけない時なのだ。

 安倍晋三首相は、APECで中国、韓国と首脳会談ができなかった。「日本はもっと強くなればいい」と、軍事力を背景に強硬姿勢でいくべきだという意見がこのところ強まっているが、私は賛成しない。むしろ、日本はこのタイミングで、柔軟な調整能力の高さをこそ世界にアピールすべきだ。

 例えば韓国の朴槿恵大統領は、米中首脳との会談の中では日本を批判するのに、日本に直接、何かをしてくれと言ってこない。まずはそれが言える関係をつくるのが、政府や自民党の役割のはずだ。中国のほうは、実は国内が危機的状態にある。3月にトップに就任した習近平が、権力基盤を確立できていないのだ。日中対立がマイナスにしかならないことは、中国自身が一番わかっている。焦らず、あまり条件をつけずに話し合う姿勢を続けていれば、私は11、12月には首脳会談が実現できると考えている。

 APECの国々も、中国の台頭を警戒している。日本が軍事力でなく調整能力を発揮すれば、その存在感はぐっと高まる。米国の存在感が薄れている今がチャンスなのである。

週刊朝日 2013年10月25日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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