築地すし好社長 「稲盛氏は最高の師。アメーバ経営を取り入れ、借金20億を返せた」 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

築地すし好社長 「稲盛氏は最高の師。アメーバ経営を取り入れ、借金20億を返せた」

このエントリーをはてなブックマークに追加
週刊朝日#仕事
株式会社築地すし好社長成田仁孝(なりた・よしたか)1957年、神奈川県生まれ。84年に独立、(株)築地すし好などを経営。現在、首都圏を中心に28店舗を構える。毎早朝、必ず市場へ行き、自ら魚を仕入れている(撮影/山本倫子)

株式会社築地すし好社長
成田仁孝(なりた・よしたか)

1957年、神奈川県生まれ。84年に独立、(株)築地すし好などを経営。現在、首都圏を中心に28店舗を構える。毎早朝、必ず市場へ行き、自ら魚を仕入れている(撮影/山本倫子)

 京セラ、第二電電(現KDDI)を創業した稲盛和夫氏(81)。8月19日発売の本誌では「これが私の生きてきた道」の連載が始まるが、いったいどんな人なのか。自らの会社にアメーバ経営を取り入れ、借金20億を返済した株式会社築地すし好社長の成田仁孝氏(56)は稲盛氏を最高の師と仰ぐ。

*  *  *
 稲盛さんの言葉に「中小企業とおできは、大きくなるとつぶれる」というものがあります。今から12年前、私が盛和塾に入った頃の「築地すし好」は、まさにこの言葉どおりの経営状態でした。

 私は、18歳で寿司の世界に入り、27歳で独立しました。まず横浜に従来型の寿司店を開業したものの、立地が悪かったこともあり繁盛しませんでした。そこで、当時多くの寿司店が「時価」で提供していることに着目し、お客様に安心してご利用頂けるように「明朗会計」方式を導入したのです。それが功を奏し、店は繁盛、店舗数も増えていきました。

 以来、順調に業容拡大しておりましたが、やがて「明朗会計」方式の寿司店が増えたり、回転寿司の攻勢があったりで、業績が落ちてきました。それでも「売り上げを伸ばせばいいんだ」と、利益が出ていないのに事業を大きくしていたのです。

 やがて、借金は20億円近くになりました。赤字すれすれの経営に、銀行も融資に慎重な姿勢で健全経営には程遠い状態でした。そんなとき稲盛さんの記事を、雑誌や新聞で読んだのです。

 たとえば稲盛さんは、仕事は「人間として何が正しいかを判断基準にする」とおっしゃいます。これなら私でもできると思いました。そして「前向きに考えれば人生の結果も前向きなものになる」「能力が多少劣っても、人一倍熱意をもって、誰にも負けない努力をすれば、自分以上に能力がある人にも勝てる」など、物事を易しい言葉で説明していただき、私は大変感銘しました。

 すぐに盛和塾に入り、まずアメーバ経営を導入しました。そして、「寿司は鮮度が命なら、経営も鮮度が大事だ」と考えるようになり、その日の売り上げが、その日のうちにわかるような仕組みに変えました。また、会社の経営理念も新たに作りました。寿司料理を通じて広く社会に貢献しよう、そして従業員の物心両面の幸福を実現しよう、そんな理念を社員と共有したのです。

 当初、社員は戸惑いつつも、私についてきてくれました。もちろん、私も率先垂範して一生懸命働きました。そして当時の20億円近くの借金は返済を終え、利益はピーク時には4億8千万円を計上できるようになり、寿司業界のトップランナーを目指しております。

 稲盛さんには、まったくおごり高ぶったところがありません。牛丼を一緒に食べたこともあります。また弊社店舗に気軽に立ち寄っていただくこともあります。キャッチボールの相手をしてくださったことも。

 数年前、築地の中央卸売市場を視察されました。早朝3時から、マグロのせり場や場内店舗を回られましたが、働く人の邪魔にならないよう細心の注意を払われていました。非常に謙虚な方だと、改めて人間性の素晴らしさを感じました。父を早くに亡くした私にとって稲盛さんは、利と情を兼ね備えた懐の大きい最高の師。あんなに強くて優しい人が師で、本当に心強い限りです。

週刊朝日  2013年8月16・23日号


トップにもどる 週刊朝日記事一覧

続きを読む

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事

あわせて読みたい あわせて読みたい