田原総一朗 日本で“社民党”が誕生しない理由 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

田原総一朗 日本で“社民党”が誕生しない理由

連載「ギロン堂」

このエントリーをはてなブックマークに追加
日本で“社民党”が誕生しない理由(※イメージ)

日本で“社民党”が誕生しない理由(※イメージ)

 ジャーナリストの田原総一朗さんは、参院選を前に「どの党も自民党との差異を怖がっている」と指摘する。

*  *  *
 安倍晋三首相、そして小泉純一郎元首相の両者を批判するのに「新自由主義」という言葉が決まり文句のように使われている。

どうやら日本では「新自由主義」というのは「悪の権化」のようである。特にインテリを自任する人々が批判の決め手のように使っているのだが、私には極めて違和感がある。 新自由主義は、過度の自由競争を強い、格差を大きくし、弱者を視野の外に置く非人間的な悪しき資本主義だというのである。そして、その象徴的人物として掲げられるのが経済学者の竹中平蔵氏だ。

 近頃は、政府筋でもグローバリズムを否定する「瑞穂の国の資本主義」などという言葉が公然と使われている。新自由主義者たちが主張するグローバリズムは、日本人の民族性、国柄、そして地域の特色、それぞれの事情を無視して日本を崩壊に導く、きわめていびつな自由主義だというのである。

 私は、新自由主義を批判する学者や文化人たちは、本音は自由競争を原則にする自由主義経済=資本主義が嫌いなのではないかと捉えている。かつて、超党派の国会議員たちのシンポジウムで、私が「自由主義社会は、機会の平等、競争の自由が原則だ」と述べたら、個々の能力の格差を考慮して、結果が平等になる社会を構築すべきだと多くの議員から反論された。そこで改めて、この国の政治家たちの多くが「自由競争は嫌なのだ」と強く感じた。

 繰り返し記すが、私は資本主義社会では、均等な機会の下での自由競争は当然であり、こうした考えを基軸にしているのが、いわゆる保守党であって、日本では自由民主党だと捉えている。そして小泉、安倍の両者は、異物どころか、自民党の象徴的な首相である。だからこそ、両首相ともに竹中氏を重用しているのである。


トップにもどる 週刊朝日記事一覧

続きを読む

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事

あわせて読みたい あわせて読みたい