今月13日、東京電力福島第一原子力発電所に地下水が流れ込んで増え続けている放射性汚染水を減らすため、地下水を海洋に放出する計画が先送りされた。いまだ不安が残る放射能問題だが、周辺海域に生息する魚介類にどんな影響を与えているのだろうか。今回はセシウムに関して調べてみた。

 実は、2011年3月の福島第一原発事故が起こる前から、海洋汚染に伴う魚介類などへの影響について調査・研究する海洋生物環境研究所では国内にある原発の周辺海域の海水、海底土、海産生物の放射線量を測定している。当然ながら、そこには福島海域も含まれている。

 その資料を見ると、事故前(1983~2010年度)の海産生物(スズキ、メバル、ミズダコなど)の放射能濃度は1Bq(ベクレル)/kg以下を維持。チェルノブイリ原発事故があった86年度には一時的に濃度が高まったが、それでも1Bq/kgには達しなかった。

 今回の事故を受けて、どう変わったのか。同研究所では11年度以降も測定を継続しているが、今回は数値を載せたパンフレットの作成が見送られたという。

 そうであれば、同じ資料ではないが、研究所の測定の対象となっているスズキについて、水産庁が公表している報告から推測してみたい。測定値を見ると放射能濃度は今年3月1日のもので、検出限界未満~200Bq/kg。いちばん高い濃度で考えた場合、その差は200倍にもなっている。

 この水産庁の報告では、複数の魚種について、事故から今年3月1日までの測定値の経過が記載されている。これを見ると、海面に近い部分(表層)の魚(イカナゴ・カタクチイワシ稚魚)の放射能濃度は事故直後には高く、その後、大幅に低下している。これに対し、海底に近い部分(底層)の魚(マアナゴ)は依然、高いままだ。もちろん各地の水産試験場で検査をおこない、一般食品の基準値(100Bq/kg)を超えたものについては、出荷規制している。市場に出回ることは原則ないが、今後、どう値が変わっていくのか注意深く見守りたいところだ。

 魚介類の種類による放射能濃度の違いについて、いまわかっているのは、「表層の魚より底層の魚のほうが高い」「マグロなどの回遊魚には影響が少ない」「魚よりエビ・カニ、さらにイカ・タコのほうが低い」ことなどである。放射線防護学の第一人者、日本大学歯学部総合歯学研究所准教授の野口邦和氏は、こう分析する。

「現在、海水中の放射性セシウムは希釈、拡散が進んで検出限界値まできています。ただ、セシウムは泥などに吸着して海底に沈んで存在しているので、海底の魚介類には注意が必要。イカなどで濃度が低い理由ははっきりとはわかりませんが、摂取するエサなどが関係していると考えられます。回遊魚は福島沖の海域にいる時期が短いため、汚染されにくいといえます」

 セシウムの半減期(原子核が壊れて半分になるまでの期間。セシウム137の場合)は約30年。しかし、実際はそれよりも早いスピードで壊れていることが、いくつかの調査で確かめられている。

 現在、国が設けている基準値100Bq/kgは健康への影響がないと一般的に評価されている数字だ。とはいえ、できるだけとらないに越したことはない。野口氏は、「放射能の影響が消えるには時間はかかると思いますが、むやみに不安がらないこと。正しい知識をもって対応してほしい」と冷静に対応することを勧めている。

 今回用いた数字のほとんどは、省庁や自治体がホームページで公開しているものだ。数字の読み方などは難しい面もあるが、定期的にチェックしておくことは必要だろう。また、魚介類を食べる限り、有害物質をゼロにするのは現実的ではない。だとしたら、下ごしらえや調理法などで食品に含まれる有害物質を減らす工夫も必要だ。

週刊朝日 2013年5月31日号