全盲の46歳、岩本光弘さんとペアを組んでヨットレースに参加することを決めたジャーナリストの辛坊治郎さん。現在、米国在住の岩本さんの「太平洋を小型ヨットで横断する」という夢に賛同した結果だという。そのいきさつを辛坊さんはこう説明する。

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 ある日、岩本さんは、ボランティアが音読してくれる日本のヨット雑誌に掲載された一本の記事に出会う。そこでは、あるヨットマンが、自分の船を「夢を持っている人に貸したい」と述べていた。彼は出版社にメールを送った。
 
 幾多の専門家を交えて、「視覚障碍者が単独で太平洋横断できるか」の検証が始まった。小型ヨットでの太平洋横断には2カ月ほどかかり、この間すべての機器が作動し続ける保証はどこにもない。天候情報など陸上からのサポートは欠かせないが、電力を失えば無線機も使えない。検証結果は非情だった。

 ヨットのオーナーは、残念な結論を伝えるためにアメリカに渡った。それを静かに聞いていた岩本氏は、こう言った。

「単独で太平洋を渡るのが無理なら、健常者の方と二人でチャレンジすることは考えられませんか?  私がいつも音訳で聞いているヨット雑誌で、コラム『なんぎな帆走月報』を執筆している人はどうでしょうか?」

 その執筆者とは、私である。

 アメリカから帰国したヨットオーナーは、「一応話を持って行ったが断られた」というアリバイ作りのために、私の許にやって来た。

 私のヨット歴は30年を超えるが、伴走船なしに小型ヨットで太平洋を渡る自信はない。単独航海なら最悪でも自分が死ぬだけだが、二人での航海となると、自分が死ぬより、相手を死なすことの方が恐ろしい。

 ところが私は、「面白い話ですね」と答えていた。なぜ?と聞かれてもうまく説明できない。ただ大波にしばし身を預けてみたいと思っただけのような気がする。

 かくして私は、岩本氏の夢に便乗させてもらおうと決めた。

(週刊朝日2013年3月29日号「甘辛ジャーナル」からの抜粋)

週刊朝日 2013年3月29日号