パフェ・アラモード・サンデー、ひんやり甘~いその歴史とは 〈tenki.jp〉|AERA dot. (アエラドット)

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パフェ・アラモード・サンデー、ひんやり甘~いその歴史とは

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今やパフェは「国民的デザート」に?

今やパフェは「国民的デザート」に?

パフェ風に盛りつければ、いつもの朝食もぐっと楽しく

パフェ風に盛りつければ、いつもの朝食もぐっと楽しく

アメリカの「ホットファッジサンデー」

アメリカの「ホットファッジサンデー」

横長の器に盛られた、正統派(?)の「プリンアラモード」

横長の器に盛られた、正統派(?)の「プリンアラモード」

7月に入り、いよいよ夏も本番。冷たいものが恋しい季節ですね。
背の高いグラスに生クリームや果物、アイスを盛りつけたパフェやサンデー。独特のレトロな器に盛られたプリンアラモード……。「甘いものは苦手」という方も、一度は口にしたことがあるのではないでしょうか。
老舗のフルーツパーラーから、コンビニ、ファミレスに至るまで、現代の日本ではいつでもどこでも冷たいデザートが楽しめるようになりました。
冷却技法が発達しなかった日本で、アイスクリームが作られるようになったのは明治時代になってから。
しかし、その後はあっという間にアイスクリームと、それを使った冷たいデザートが受け入れられていきました。
日本の近代化と、冷たいデザートの普及の歴史を紐解きます。

はるか古代から、人間は氷菓を食べていました

人間が氷を利用した歴史は古く、古代メソポタミアにはすでに貯蔵庫があったのだとか。
古代ギリシャ・ローマの時代には、人びとは山から運びおろした氷に蜂蜜やミルク、果汁などを加えて飲んでいたと言われます。
中国でも、7~8世紀にはすでに乳製品入りの氷菓が作られていました。
現在のアイスクリームの起源と言われるのは、アラビアのお菓子「シャルバート」。
サクランボやザクロで味をつけた、「凍った飲み物」だったと言われます。
これが、サトウキビの栽培法とともにシチリアに伝わりました。
16世紀になると、硝酸カリウムを使った化学的冷却技法が発見され、氷菓の製法は洗練されたものに。
やがて「ジェラート」が誕生し、移民の時代を迎えたことと相まって、全世界に伝わっていったのです。

特異な進化を遂げた、日本の「パフェ」

日本で最初のアイスクリームを作ったのは、横浜で「あいすくりん」の製造・販売を開始した町田房蔵氏。
アイスクリーム製造に使う氷は、富士の氷穴、そして函館から取り寄せたのだそうです。
その後、近代化とともに氷菓はまたたくまに普及。
1907(明治40)年になると、三越百貨店の食堂のメニューに「シャーベット」が登場します。
大正時代になると、雑誌などでもブドウやリンゴ、スイカを利用したシャーベットのレシピが紹介されるほどになりました。
それとともに、発展を遂げたのが「パフェ」などの冷たいデザートです。
語源はフランスの氷菓パルフェとも、英語の「パーフェクトアイスクリーム」とも言われる「パフェ」。
明治26(1893)年に開かれた晩さん会のメニューに記載された「Paifait FUJIYAMA」が、記録に残る最初期のパフェだとされています。
ただしこのパフェ、フランス菓子のパルフェに倣って、平たいお皿に盛られていた可能性が高いのだとか。
その後、フルーツパーラーと呼ばれる業態が誕生し、果物を使った色々なデザートが考案される中で、現在のようなパフェが成立していったと考えられています。

「サンデー」と「パフェ」、その違いとは?

では、いつ頃から背の高いグラスに盛られるようになったのでしょうか?
一つの説として考えられているのは、19世紀末にアメリカで誕生した「アイスクリーム・サンデー」の影響です。
「軽薄な飲み物」としてソーダが禁止された町で、「ソーダなしで何か新しいお菓子を作れないか」と工夫されたとも、牧師さんが日曜礼拝の後でお店に立ち寄り、チェリーの砂糖煮がかかったアイスクリームを食べたのが由来とも言われる「サンデー」。
曜日の「sunday」とは微妙にスペルを変えている(sundae)のは、批判の声をそらすためだったともされています。
このサンデー、またたくまに全米を席巻。マシュマロ、ナッツ、キャラメルソースなど、多種多様なサンデーが誕生しました。
独特の背の高いグラス(パフェグラス)に盛られているのが、サンデーの定番スタイル。
これが、何らかの形で日本に伝わったのではないかと言うのです。
現代の日本では、細長い器に盛られたのが「パフェ」、丸みを帯びた器に盛られたのが「サンデー」と呼ばれることが多いよう。
とはいえ、「食材の違いで呼び分ける」という説もあり、その境界線は曖昧です。

日本を席巻した「プリンアラモード」

もう一つ、謎に包まれているのが「アラモード」と呼ばれる形態のデザートです。
第二次大戦後、横浜の老舗ホテル「ホテルニューグランド」で誕生したといわれる「プリンアラモード」。
GHQに接収され、宿泊するのはアメリカの将校とその夫人たち、という時代。
「アメリカ人向けにボリュームのあるデザートを」と考案されました。
横長の、脚のついた器に盛られるスタイルも、ニューグランドが発祥。
なんと、ニシンの酢漬けを盛るためのお皿を使ったのがはじまりなのだそうです。
この「アラモード」とよく似た(?)形状のデザートが、アメリカに存在します。
その名は「バナナ・スプリット」。
「ボート」と呼ばれる、横長の器に盛られたデザートで、20世紀初頭にペンシルバニア州で誕生したと言われています。
「プリンアラモード」の考案にあたり、ホテルニューグランドのシェフたちは、アメリカの料理学校の教科書を参考にするなどして工夫したそうです。
その教科書に、「バナナ・スプリット」が掲載されていたのかどうか?
想像してみると楽しくなりますね。
この「プリンアラモード」も、日本全国を席巻。
昭和の時代から続く、いわゆる「喫茶店」なら、おそらくどの地方に行ってもこの「アラモード皿」に盛ったデザートがある(あった)のではないでしょうか。
新しいもの好き?  甘いもの好き?
「国民性」という安易な表現は使いたくありませんが、アイスクリームと、それを使った冷たいデザートが、日本の人びとに熱狂的に迎えられ、ごく短期間で定着したのは確かなようです。
美味しいデザートが気軽に楽しめる時代に感謝しつつ……今年の夏は、どんなパフェやデザートをいただきましょうか。
参考:ローラ・ワイス(竹田円訳)「アイスクリームの歴史」(原書房)
斧屋「東京パフェ学」(文化出版局)


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