電気を使わないロボット工学「からくり」を広めた、江戸のエンジニア「からくり半蔵」とは?

2015/10/22 16:30

昨日に引き続き、日本の“からくり”文化にスポットを当てます。 山車祭りで出動する「からくり人形」の見事な演技……。電気などの動力源を一切使わず、人形を動かす“からくり”のテクノロジーは日本独自のもの。 その歴史をさかのぼると、江戸時代を生きたエンジニアたちの熱いマインドによって実現した由来にいたります。 そこで今回は、伝説の人物「からくり半蔵」と、日本の“からくり”文化の成り立ちに迫ります。

高山祭(山王祭)の山車からくり。かつて尾張藩の領地であった岐阜にも“からくり”文化が根付いている
高山祭(山王祭)の山車からくり。かつて尾張藩の領地であった岐阜にも“からくり”文化が根付いている
“鎖国”によって育まれた“からくり”テクノロジー 発明王エジソンが京都産の竹を使って白熱電球を完成させるずっと前から、電力を用いずに動くロボットとして実用化されていた日本の「からくり人形」。 歯車の仕組みで作動する“からくり”は、外国の文化をもとに生まれた日本独自の技術でした。 もともと、“からくり”の技術は、室町時代に南蛮貿易によって西欧からもたらされた機械式時計(西洋時計)を修理のために分解したことから始まったとされます。 西欧の技術を模倣して、より高度な技術へと深め、日本古来の“人形作り”と組み合わさり、独自のユニークな造形へと進化しました。 当初は芝居の出し物や、祭りに使う山車の仕掛けとして作られた“からくり”。 その技法は専門の職人だけが有するものであり、師から弟子へと口伝で受け継がれる“秘術”。極めてシークレットなものだったのです。
木工を専門としていた木地師の系譜に連なる“からくり”人形師
木工を専門としていた木地師の系譜に連なる“からくり”人形師
“からくり”のマニュアルブック「機巧図彙」 そのような秘伝の技術を、多くの研究者が参考にできるカタチにまとめた書物がありました。 からくり半蔵という人物によって1796(寛政9)年に書かれた、全3巻の技術書「機巧図彙」(からくりずい)です。 のちの時代に、日本のロボット工学のイノベーションが起こるきかっけになった書物といわれています。 「機巧図彙」は、“からくり”のマニュアルブックであり、その解説は非常に精緻。この本を参考にして実際に人形の制作を実践できる優れものでした。 歯車の仕組みで動く“からくり”は、現代の技術水準と比較すると、だいぶ素朴なものですが、進む方向を転換できる自在な動作は、現代における最先端の制御プログラムを先取りした、非常に高度なものでした。 「機巧図彙」は、そのような最先端の技術を惜しみなく伝えるものだったのです。
「機巧図彙(からくりずい)」の紙面より
「機巧図彙(からくりずい)」の紙面より
“からくり”技術書の執筆にすべてをかけた半蔵 ところで、「機巧図彙」の著者である、からくり半蔵とはどんな人物だったのでしょう? からくり半蔵(実名・細川頼直)は謎めいた人物であり、いまだにその生涯には不明点が多いようです。 土佐藩の郷士の子として生まれた半蔵は、幼少期から儒学、天文学とともに、工作技術に関心をもっていたとされます。30代の頃に、写天儀、行程儀(万歩計)を作成したり、時計の分解を行うなど、独学でからくりの研究を重ねました。 50歳の頃「天下に名をあげなかったら二度と故郷に帰らない」という決意表明を村境の橋柱に書き残し、江戸へと旅立ちます。その後、天文暦学を探求し、幕府の改暦事業にも貢献したとされます。 「寛政暦」の作成に参画しながらも、その完成を目にすることなく1796年に半蔵は死去。彼が手書きで記した「機巧図彙」が出版されたのは、その死の同年のことでした。 半蔵は「機巧図彙」の出版を見届けることなく世を去りましたが、その人生の集大成ともいえるこの書物は、後世に語り継がれる大きな業績と。半蔵の思索の成果は、後の時代の機械工学を学ぶすべての人たちにとって、最もベーシックな入門書となったのです。
からくり人形の定番「茶運び人形」。「機巧図彙」にも作り方が示されている
からくり人形の定番「茶運び人形」。「機巧図彙」にも作り方が示されている
現代へと受け継がれる半蔵マインド からくり半蔵が著した「機巧図彙」は、後の時代を生きるエンジニアに多大な影響を与えました。 その影響を受けた代表的な技術者の一人が東洋のエジソンともいわれる田中久重。 現在の東芝(当時は芝浦製作所)の創業者として知られる人物です。久重が発明した全自動の万年時計(万年自鳴鐘)は、半蔵マインドを引き継いだものでした。 日本を代表する電器メーカーの創業者であり、現在では電器工学の父ともいわれる久重が若い頃に「機巧図彙」を耽読していたことからも、日本のテクノロジーマインドのはじまりに、やはり半蔵の精神が息づいていたのです。 「機巧図彙」の序文には以下のように記されています。 〈── 夫奇器を製するの要は、多く見て、心に記憶し、物に触て機転を用ゆるを学ぶ。(中略)此書の如き、実に児戯に等しけれども、見る人の斟酌に依ては、起見生心の一助とも成なんかし──〉 〈── 機械を制作するための要点は、様々なモノを見て記憶し、実物に触れて、アイデアを学ぶことである。この本の内容は、子供の遊びごとに過ぎないかもしれないが、見る人の洞察しだいで、ヒントが見出され、発明の手助けにもなるだろう ──〉 この言葉から「自分の成果を後の時代の技術開発に役立ててほしい……」という半蔵の思いが伝わります。 ── 資料に乏しく謎めいた、からくり半蔵という人物。 彼の残したマインドは機械作りに限らず、クリエイティブな領域全般に通じるものです。ロボティクス分野で世界の最先端を担い、“技術立国”とも呼ばれるようになった日本において、今後も受け継がれるエンジニア精神がそこにあります。 自分たちが持っている技術を進んで共有し、社会に役立てていこうとするエンジニアによる“シェアリング”(技術公開)の発想もまた、秘伝である技術をすすんで公開した半蔵の姿勢にすでに萌芽していたのかもしれません。
  不定時法を採用した「和時計」もまた“からくり”の技術(15日ごとに手動で要調整)
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