7月7日の夕方から夜にかけて、函館市内では浴衣を着た子どもたちが街にあふれ、家から家へと道を走りまわります。その手には大きな袋を持っていたり、リュックをかついでいたり。足元を見ると浴衣なのにスニーカー?急ぐあまりに、横断歩道のないところでも渡ってしまう子どもや、通りの向こう側に友達を見つけて手を振ると同時に車道に落ちそうになる子ども。おかげで車も徐行運転を強いられる始末。一体何が起こっているのでしょうか・・・

勝手にドアを開けて歌う!走る!夜まで友だちと出歩いて良い「特別な日」

夕方5時を過ぎると子どもたちは友達と約束した場所に向かい、5時半ごろになると家々をめぐり始めます。未就学児など、つつましく歩いている親子の姿もないわけではありませんが、小学生の多くは団体で走りまわります。大きい集団だと10人を超え、ちょっとしたギャング状態。女の子の大半は浴衣を着せて貰って嬉しそう。最近では、浴衣ドレスの女の子も多くなりました。男の子の場合、幼い子は甚平が多いのですが、年齢があがるにつれ普段着になってしまうようです。草履や下駄の子は少なく、多くは普段から履いているスニーカーやサンダルを履いています。友だちと走って歩くので、慣れない履き物だと靴擦れができてしまったり、遅れをとってしまうからです。
子どもたちは、知らない家の玄関でも、チャイムをならすことなくドアを開け、玄関先で「たけ~に たんざく たなばたまつり おおいに いわおう ローソク いっぽん ちょうだいな」と、一本的に声をはりあげて歌います。訪問された家の人は、歌声が聞こえると玄関に出てきて、子どもにお菓子を渡します。「ありがとうございます!」とお礼を言うやいなや、次の家を目指してダッシュする子どもたち。限られた時間内になるべく多くの家をまわろうとする子どもたちは、約2時間半を歌っては走り、走っては歌い、体力の限界まで頑張ります。
この楽しい行事に参加するのは、原則として小学生まで。函館の私立中学校に道外から入学した1年生や、大学に留学に来ている学生なども、函館の文化・風習を体験する機会として参加することもありますが、函館で育った中学生以上の子どもは卒業です。

残念ながら、小学校ルールは市民に伝わっていない・・・

年に一度、子どもたちが訪問してくれるのを楽しみに待っているお年寄りもいらっしゃる一方、煩わしいと感じるお宅もあるのは当然のこと。カーテンを閉め、玄関には鍵をかけて居留守を使うお宅もあります。
近年、小学校では、「笹かざり」がしてある家だけを訪問する、お菓子を貰ったらお礼を言う、校区外には行かない、低学年は大人と一緒にまわる、高学年でも3人以上一緒にまわる、現金は貰わない、まわる時間は5時半から8時まで、などのルールを守るように指導しています。
小学生は「笹かざり」を外に出してある家だけを訪問するので、居留守を使わなくても訪問されることはないのですが、残念ながら小学生が身近にいないご家庭には、そのルールが伝わっていません。子どもの訪問を楽しみにしているお年寄り世帯でも、笹かざりを用意していることは滅多になく、子どもたちは素通りしてしまいます。門や玄関のドアを開け放してある家を見つけると、「行ってもいいのかな?でも、笹かざりがないし・・・」と子どもたちは迷ってしまいます。なかなか子どもが歌いに来てくれないので、待ちきれなくなったお年寄りが玄関の外に立ち、「お菓子あるよ!」と呼び込みをしている姿も。「市内の小学校では、このようなルールを守るように子どもたちに指導しています」ということを、もっと周知できればいいのですが・・・

「ロウソクもらい」は「青森ねぶた」が原点

青森県に江戸時代から続くと言われる「ねぶた祭り」をご存じでしょうか。地域ごとに様々な「ねぶた祭り」がありますが、「青森ねぶた祭り」は35年程前から国の重要無形文化財に指定されており、今では毎年300万人以上も観光客が訪れる全国有数の夏祭りとなっています。青森では昭和初期まで「ネブッタッコ見てくれ」と子どもたちがネブタを見せてまわって歩き、ロウソクを貰いに家々を訪ねる習慣がありました。昔はネブタをロウソクで照らしていたからです。それが、津軽海峡を渡って伝搬・変化して根づいたのが、函館の「ロウソクもらい」だと言われています。
函館の「ロウソクもらい」も、時代とともに変化しています。かつては、本当にロウソクを渡していたのですが、いつの時代からかロウソクと一緒に飴などのお菓子を渡すことが多くなり、現在ではお菓子やオモチャがほとんどで、ロウソクを用意している家庭は滅多にありません。歌詞も、「おおいや いやよ」だったのが、「おおいに いわおう」に変わっています。
実は、北海道では、函館以外にも似たような行事が残っている地域があり、それぞれ異なる歌詞が伝わっています。「ローソク 出ーせー 出さないと かっちゃくぞー」という歌詞の地域も。「かっちゃく」とは「ひっかく」の意。仮装こそしませんが、”trick or treat”(お菓子をくれないといたずらするぞ)」と家々をまわるHalloweenによく似ていますね。

あ、このおばあちゃん、見たことある!

「ロウソク」の由来を思い起こすこともなく、ただお菓子を求めて走り歩いているかのように見える函館の「ロウソクもらい」。でも、歌詞に「ロウソク いっぽん ちょうだいな」が残っている限り、昔は本当にロウソクを貰ったんだということが後世に伝わります。さらに、現代ならではの意義も見いだすことができます。七夕で訪れたお宅で奥から出てきた顔は、買い物途中に見たことがあるおばあちゃんだったり、散歩しているのを見かけるおじいちゃんだったり、歯科医院の待合室で隣に座っていたおばさんだったり。地域の人と人の結びつきが弱くなった昨今、見覚えのある方も、どこの家の何という名前の人だか知らないままでいることが多いのです。「ここの家の人だったんだ・・・」と子どもたちだけでなく、付き添いで歩いている保護者も認識する機会はとても貴重です。玄関先まで入るので、道路からは見えない表札も見ることになり、知らず知らずのうちに、お名前の分かるご近所さんが増えているのです。今後も歌詞から「ロウソク」が消えることなく、この行事が続いていって欲しいものです。
参考文献:
『函館歴史文化観光検定公式テキストブック 2012改訂版』 2012 函館商工会議所
飯野まき 『ロウソク いっぽん ちょうだいな』 月刊予約絵本「こどものとも」通巻第712号 2015 福音館書店