平昌五輪特集

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AERA「U25」

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鷹がくれた社会との接点
「そらたか」代表、鷹匠
真野将孝
1989年9月13日生まれ

 若き「鷹匠(たかじょう)」だ。真野将孝の相棒は2羽のハリスホーク。八代海に面する熊本県津奈木町で暮らす。狩猟では、イヌが探したキジを、真野の操るタカが空中から急降下して狩る。
 相棒の「ロイ」を前腕に乗せ、すうっと腕で押す。すると、ロイは翼を広げて飛び立った。呼び笛をピッと鳴らす。舞い戻ってきて前腕に止まる。真野は、このタカたちと現代社会を生き抜こうとしている。
 鷹匠の仕事は様々だ。狩猟、イベントでのフライトショーのほか、企業の依頼で害鳥対策を請け負うこともある。食品倉庫に寄ってくるカラスやハトを、タカを差しむけて追い払う。何度かやると、近寄らなくなるのだ。タカやフクロウなど猛禽類の販売も手がけ、近く熊本県内に店舗を構える予定だ。
 この道に入ったのは、幼い頃、父と一緒に行った山菜採りのときの経験がきっかけ。空から急降下する猛禽類を見た。その凛々しい姿が忘れられず、インターネットで調べていると、鷹匠の存在を知った。「こんな仕事があるのか!」と感銘を受け、中学の終わりごろ、父に懇願してタカを手に入れた。ただ、買ったはいいが、どう扱えばいいのか分からない。再びパソコンに向かい、師匠となる鷹匠を探し、6年間通いつめて教えを請うた。
 中学・高校時代、不登校で苦しんだ。集団生活になじめなかった。定時制高校に通い直し、高卒の資格を得た。タカは苦しかった思春期、伴走してくれた友でもある。
写真:外山俊樹 ライター:岡本俊浩

鷹がくれた社会との接点 「そらたか」代表、鷹匠
真野将孝
1989年9月13日生まれ

 若き「鷹匠(たかじょう)」だ。真野将孝の相棒は2羽のハリスホーク。八代海に面する熊本県津奈木町で暮らす。狩猟では、イヌが探したキジを、真野の操るタカが空中から急降下して狩る。
 相棒の「ロイ」を前腕に乗せ、すうっと腕で押す。すると、ロイは翼を広げて飛び立った。呼び笛をピッと鳴らす。舞い戻ってきて前腕に止まる。真野は、このタカたちと現代社会を生き抜こうとしている。
 鷹匠の仕事は様々だ。狩猟、イベントでのフライトショーのほか、企業の依頼で害鳥対策を請け負うこともある。食品倉庫に寄ってくるカラスやハトを、タカを差しむけて追い払う。何度かやると、近寄らなくなるのだ。タカやフクロウなど猛禽類の販売も手がけ、近く熊本県内に店舗を構える予定だ。
 この道に入ったのは、幼い頃、父と一緒に行った山菜採りのときの経験がきっかけ。空から急降下する猛禽類を見た。その凛々しい姿が忘れられず、インターネットで調べていると、鷹匠の存在を知った。「こんな仕事があるのか!」と感銘を受け、中学の終わりごろ、父に懇願してタカを手に入れた。ただ、買ったはいいが、どう扱えばいいのか分からない。再びパソコンに向かい、師匠となる鷹匠を探し、6年間通いつめて教えを請うた。
 中学・高校時代、不登校で苦しんだ。集団生活になじめなかった。定時制高校に通い直し、高卒の資格を得た。タカは苦しかった思春期、伴走してくれた友でもある。 写真:外山俊樹 ライター:岡本俊浩