NPNATION
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NPNATION

 久しぶりに心地良いヒップホップを聴いた気がする。心地良いというよりは、懐かしい香り漂う、と言ったほうが適切かもしれない。十代の頃にヒップホップの筆下ろしを経験し、その後ものめり込むまま、洋邦問わず、右も左も名盤ばかりという、いわゆる「ヒップホップ超黄金期」と呼ばれた時代に、(なけなしの金を握りしめて)レコ屋・クラブ通いに精を出した、90年代。そんな日々を鮮やかに蘇らせてくれる彼らのビーツ&ライム。

 同世代ならではの表現上の共通言語が安堵感や開放感を与えてくれるのは、何もヒップホップに限った話じゃないが、とにかく彼らの音には、センチになりそうなほど狂おしく美しいノスタルジーがこれでもかとにじみ出ている。いや、もちろんこれは単純な“懐かしみ“ということではなく、未来永劫タイムレス・クラシックな風合いを感じさせる一方で、ある種拘泥的なムードにも支配される、不思議なノスタルジーなのである。

 ちなみに“彼ら”とは、横浜で96年に結成されたヒップホップ一座、STERUSS(ステルス)の元メンバー、MC FOOKとオニギリ、トラックメーカーの33(耳)、後に加入したDJ D2からなるクルー、「N&P(エヌ・アンド・ピー)」。今回、その最新アルバム『NPNATION』をご紹介させていただこうかと思うのだが。

 前述、「同世代ならではの表現上の共通言語」。ここが大元のキーになるだろうか。とはいっても、特段ややこしい感覚ではなく、まま誰にでもある世代に共通した原体験のナチュラルなすり合わせにすぎない。ただし、「原体験」、つまり「思想が固まる前の経験で、以後の思想形成に大きな影響を与えたもの」というところがミソ。

 より大胆に噛み砕けば、音楽リスナーとして成熟~完熟される以前(もしくはするかしないかの瀬戸際)に大きなインパクトを受けて、そのショックを今もズルズルと引きずって今に至る状態とも言える。記憶の奥底から浮かんでは沈む音楽は、トラウマであり子守唄でもあり。広義の意味での心地よさに位置付けできそうなこうした感覚は、誰しもが原体験を通して持ち得る、牧歌というよりは、一種の恍惚じみたエクスタシーにほど近いのではないだろうか。

 学生時代のようなモラトリアム期を「原体験」のワンステージとするならば、ぼくにとっては紛れもなく90年代のヒップホップ/R&Bが、そのトラウマや子守唄の対象となる。マチュアに向かって一目散に蒼い季節を駆け抜けた高校・大学時代はさしずめ原体験の千秋楽。青春の大一番を迎え、あらゆるインパクトを受け止める感覚のサーバーそのものが敏感に、そしてフル回転で稼動していたに違いない。「そういえば…」と思い返すといつだって、この時代の音、絵、香りがパンッと蘇る。

 という、いくらかナルシスティックで理屈っぽい前口上からの、N&P、7年ぶりのフル・アルバム『NPNATION』。別に彼ら構成員の生年月日をつぶさに調べたわけではないが、そんなことをしなくとも、同時代のヒップホップを夢中になってむさぼってきた連中との“心情の三派”というやつは大いに汲み取れるというもの。

 例えば、トライブ・コールド・クエスト、ピート・ロック、ビズ・マーキー、ファーサイド、ビートナッツ、ナズ、スヌープ・ドッグ、メアリーJブライジ、エリカ・バドゥのレコードから、ヒップホップやR&Bの何たるかを学び、さらにそこからジャズやクラシック・ソウルなどのルーツ探訪にしゃれ込む道筋を歩んだという原体験は、少なくとも国内何千人単位かの人間と共有できているものだとぼくは勝手に信じ込んでいる。具体的な演者名を挙げることでその時代がほぼほぼ特定できるわけだが、要は(しつこいようだけど)90年代に原体験としてのヒップホップを通過した者にとっては、それが共通言語としてエンコードされた音そのものに、トラウマであり子守唄である、やけにマージナルな心地よさを感じてやまないということなのだ。また仮に2000年代以降にヒップホップの原体験をした人、あるいは黎明期、超オールドスクールにガツンとやられた人たちにとっては、この『NPNATION』、当たり前だが各々また異なった聴こえ方がするはずである。それはそれでもちろん面白いことだ。

「90年代、90年代ってうっせぇな、コイツ」と思われても仕方がない、ぼくの、いや、ぼくらのこの時代への拘泥ぶり。意図的なレトロ趣味で「90年代推し」をしているわけではないのだが、いくらもがいても振り払えないのが正味のところ。テン年代に入り、Jディラ以降に派生したビート革命や、ロンドン産ダブステップがシーンに風雲急を告げているとは言うけれど、正直あまりピンと来ていない。正直気持ちよく聴けない。そんなぼくらの心の拠り所となるN&Pの“90年代ヒップホップ原体験”に忠実なスタイル。1stアルバム『PanCon』にしても、この『NPNATION』にしても、ある世代にとっては、新しさを取り入れることに疲弊した精神によく効くツボを心得ている。両作ともにミックス&マスタリングを手掛けたAZZURRO(アズーロ)による質感のデザイニング&トリートメントも、さすがにあの時代のヒップホップの旨味を熟知するだけあって、お見事。

「・・・っぽくていいなぁ」「・・・を思い出すなぁ」という感想を口にするのはまるでナンセンスかもしれないが、でもそうした感覚に襲われること自体、実はとても幸せなことなのかもしれない。不思議なノスタルジーと幸福感をみんなで分かち合うこと、これってアフリカ・バンバータの時代からシーンに脈々と受け継がれている精神じゃないだろうか。N&Pのヒップホップ、ぼくはこれをその真髄と呼んでもいいと思っている。[次回9/25(水)更新予定]