第82回 クイーンがはじめて日本にやってきた日 ~クイーン初来日から40年~ |AERA dot. (アエラドット)

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第82回 クイーンがはじめて日本にやってきた日 ~クイーン初来日から40年~

文・小熊一実

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 クイーンは、「1975年4月17日に初めての日本ツアーの為、羽田国際空港に降り立った。この日羽田空港には3000人を超す若い女性が彼らを一目見ようと押しかけバンドを驚かせた。」と、ユニバーサル・ミュージック・ジャパンのホームページに書かれている。

 そう、あれから40年が過ぎたのだ。

 音楽というのは聴く人間を選ぶ、とわたしは思う。
 わたしたちは自分の感性で、これは好き、これはなんだかぴんとこない、などと言って自分で音楽を選んでいるつもりになっているが、実は、音楽がこちらを選んでいるのではないかと思うことがある。

 たとえば、わたしにとってのカーペンターズ。1970年のナンバー1ヒット《遙かなる影》(バート・バカラック/ハル・デヴィッド作)から《愛のプレリュード》(ポール・ウィリアムス/ロジャー・ニコルス作)とヒットし、その後、大スターとなっていくが、中学生から高校生の時代に聴いていたわたしは、あ、ポップスね、とちょっと軽く見ていた。後になって、バート・バカラックやポール・ウィリアムス、ロジャー・ニコルスのレコードを探すようになるとは、そのころ知るよしもなしだ。
 そしてあれから40年経って聴いても、カーペンターズって、ああ、いい曲、いい演奏、いい声だなあ、と思うのだ。

 いや、ドアーズだって、ジミヘン(余計なことですが、ジミ・ヘンドリックスね)だろうが、言ってしまえば、ボブ・ディランだろうが、正直言って10代のわたしに、どこまでそのよさや価値がわかっていたのか疑問だ。

 いや、クラシックやジャズだって同じだ。世紀の傑作、名作というものを聴いても、そのよさが全然わからないことがよくあった。
 マイルス・ディヴィスの『ビッチェズ・ブリュー』もストラヴィンスキーの『春の祭典』も、最初からよさがわかったわけではない。正直言って、頭の中は???だった。

 素晴らしい音楽だ、世紀の傑作だといわれても、そのよさがわからない。そんなときに、自分はまだこのよさもわからない未熟者なのだと思ったものだ。そして、そのよさがわかるまで、何度も何度も繰り返し聴いた。

 小林秀雄が、骨董についてこんなことを言っていたと記憶する。
 最初は何がなんだか判らないが、少しずつ感じるようになってきて、だんだん見えるようになってきて、次に判るようになる。はじめは言葉で説明できないが、わかるようになってくると、言葉で説明できるようになってくる、と。出典が手元にないので、わたしのあいまいな記憶なのだが、そのためには本物をたくさん見ることが大切だと言っていた。

 クイーンは、デビュー当時、音楽評論家から認められず、売上も振るわなかった。特に、本国イギリスでは不遇であった。
 わたしにクイーンを教えてくれた最初の人物は、大学に入って最初に入部したクラシック・ギターのクラブの同期の友達だった。今にして思い返すと、彼はそのころのフレディー・マーキュリーと同じ髪型だった。
 彼が貸してくれたカセット・テープで、わたしは《キラー・クイーン》を聴いた。《ボヘミアン・ラプソディ》は、まだ発表されていなかった。
 わたしはこのときはじめて、クイーンというバンドを意識したのだった。
 しかしまだ、フリルのついた服を着たアイドル・バンドだという意識をなくすことはできなかった。
 
 1975年4月17日に初めての日本ツアーのため、羽田国際空港に降り立ったクイーンを記録した映像が残っている。『クイーン 輝ける日々』の日本盤のDVDのみにボーナス映像として入っている。
 その映像のなかで、クイーンの記者会見の様子があるのだが、そのなかで、ブライアン・メイが、「これほどの歓迎は、他のどの国でもなかった。空港で迎えてくれたファンの多さにも驚いた。とても光栄に思うし、ビートルズ以上だと聞いて、少し混乱している」と語っている。

 まずこの映像から、このバンドのリーダーはブライアン・メイだとわかる。
 その後、映像は野外での茶会(ジャパニーズ・ティー・パーティー)、野点の映像になる。着物の女性が数人、お茶などの世話をし、プレゼントにもらった剣玉で遊ぶフレディの映像があり、緋毛氈の上にあぐらをかいて、教わりながらお茶を飲む4人の姿が現れる。続いて、メンバーごとのコメントがある。
 ブライアンは、「日本に引っ越そうと思う」とまで言っている。
 メンバーは、他のメンバーが挨拶をしているよこで、ふざけている。そしてフレディーはブライアンのまねをしているのか、「バンドを代表して、ありがとう」と言っている。

 2015年、クイーンがはじめて日本にやってきたこの4月17日が「クイーンの日(The Queen Day)」として認定されたという。認定されたって? 誰がそんなこと認定するんだろ? と思って調べてみたら、日本記念日協会というのがあって、その協会が、初来日から40周年を迎える今年、4月17日を「クイーンの日(The Queen Day)」として認定したということだ。

 40年前のこの日、彼らを一目見ようと羽田空港に押しかけバンドを驚かせた3000人を超す若い女性が、クイーンのメンバーを鼓舞し、自信を与えたのだと想像する。その後の彼らの成果が、それを証明していると思う。
 クイーンを発見し、育てたのは、日本の女の子たちなのかも知れない。

 フレディ亡き後も、クイーンは様々なヴォーカリストをたてて活動している。

 このクイーン初来日から40年を記念して、羽田空港でイベントが行われる。

 また、あらためて、クイーンを聴いてみようと思う。[次回5/13(水)更新予定]


■公演情報はこちら
http://cittaworks.com/queen/index.html


(更新 2015.4.15 )


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プロフィール

小熊一実(こぐま・かずみ)

 1956年生まれ。プロデューサー。このサイトの前身「JAZZ STREET」に引き続き、「Music Street」の企画編集を担当。ジャズ、ロックはもちろん、クラシック、歌謡曲からアヴァンギャルドまで、聴きまくっている音楽狂。音楽以外にも、落語会やロボット・イベント、映画も製作している。ここでは、ジャンルを超えて、趣味に走ったライヴ情報をお届けしたい。補足情報をfacebookに掲載します、見て下さい。https://www.facebook.com/kazumi.koguma

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