『Man Made Object』ゴー・ゴー・ペンギン(Blue Note)
『Man Made Object』ゴー・ゴー・ペンギン(Blue Note)

 長年ジャズ喫茶をやっていると、そのときどきの新譜を購入するし、また新人ミュージシャンのライヴにも定期的に顔を出すことになります。そんなことをもう半世紀近く続けてきたのですが、当然時代によって「波」が生じます。面白いアルバム、新人が次々に出てくる時期もあれば、相対的な沈滞期も経験してきました。

 率直に言って、今から10年ぐらい前のジャズ・シーンはいまひとつ精彩を欠いていた様に思うのです。確かに新譜はたくさん出ていたし、技術的には有望な新人もいたのですが、どうも個性に欠ける。彼らの演奏は、私のように60年代から同時代的にシーンを体験して来たファンにとっては、「既視感」つまり「昔の演奏の焼き直し」のような印象を払拭できなかったのです。

 そうした一種の沈滞状況がここ数年明らかに変わってきました。ジャズの伝統との連続性を感じさせつつ、まったく新しいタイプのミュージシャンが次々に登場し、ジャズが新たなディメンションへと進化しつつあることが実感されだしたのです。

 いろいろな現象が同時並行的に起こっています。一番目に付くのはドラミングの進化でしょう。ちょっと昔のブライアン・ブレイド辺りから始まりアントニオ・サンチェス、マーク・ジュリアナ(1月の来日公演は素晴らしかった!)と連なるラインは、まさにドラム革命と言っていいように思います。彼らのドラミング・テクニックは、明らかに過去のジャズ・ドラマーたちとは異質なレベルに到達しています。

 昔からジャズという音楽を定義するとき、最初に言われたのが「リズムの音楽」ということですから、この動向はまさしく「ジャズの進化・変化」に対応する現象と言っていいでしょう。

 そしてその印象を決定的にしたのが、4月に来日したイギリスはマンチェスター出身のグループ、「ゴー・ゴー・ペンギン」でした。彼らの演奏は、既に2月のいーぐる新譜特集「New Arrivals」でユニバーサルさんご紹介のアルバム「Man Made Object」(これはかなり名盤)で知っていました。CDで聴いた限りでもかなリユニーク。

 昔ながらの大雑把なくくりで言えば「ピアノ・トリオ」ということになるのかもしれませんが、出てくる音はかなり斬新。これは一度観てみなければと南青山のBlue Note東京に出かけたのですが、これが大正解。ほんとうにいろいろな意味で「発見」があったのです。

 まず音楽面から言えば、圧倒的だったのがRob Turner のドラミング。繊細で緻密でしかもダイナミックな彼のドラミングを聴いているだけで、気持ちが高揚してくるのです。そして面白いのがChriss Illingworth のピアノでした。クラシックやテクノの洗礼を受けているのですから当然なのですが、従来の「ジャズ・ピアノ」のテイストととはかなり異質。

 しかし演奏が佳境に入ってくると、ジャズのグルーヴとしか言いようの無い一体感がピアノとドラムスの間に生じているのですね(この良質なグルーヴ感は、マーク・ジュリアナのライヴでも実感)。そしてそれを紐帯しているのが、Nick Blackaのベースなのです。これは圧倒的な体験でした。

 ピアノもドラムスも伝統的な「ピアノ・トリオ」の文脈には収まりそうも無いのに、結果として出てくるグループの音楽はジャズ以外の何ものでも無いのです。彼らの演奏を聴いて、ジャズは明らかに新時代を迎えたと確信いたしました。ジャズはこれからますます面白くなっていきそうです。 [次回7/4(月)更新予定]