第34回 『スローハンド』エリック・クラプトン |AERA dot. (アエラドット)

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第34回 『スローハンド』エリック・クラプトン

文・大友博

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 1977年4月、32歳のエリック・クラプトンは、20日から29日まで、マンチェスターやグラスゴウ、ロンドンでコンサートを行ない、その勢いのまま、新作録音のため、オリンピック・スタジオに入っている。プロデュースを依頼したのは、ローリング・ストーンズ、ザ・フー、レッド・ツェッペリンなどイギリスの大物アーティストたちから絶大な信頼を集めていたグリン・ジョンズ。

『スローハンド』というタイトルで同年11月に発売されたこのアルバムは、のちにライヴ・ヴァージョンでシングル・ヒットを記録することになるJ.J.ケイルの《コケイン》で幕を開ける。マーシ・レヴィ/ジョージ・テリーと共作した《レイ・ダウン・サリー》は全米2位、自作のバラード《ワンダフル・トゥナイト》は同16位のヒットを記録。アルバム自体も全米2位まで上昇していて、商業的な意味では、クラプトンの代表作の一つといっていいだろう。《コケイン》と《ワンダフル・トゥナイト》は、21世紀に入ってからも、コンサートの定番としての地位を守りつづけている。

 そのアルバム・タイトルは、ヤードバーズ時代、マネージャーのジョルジオ・ゴメルスキーからつけられたニックネームをそのまま使ったものだった。若いころ、その由来については、いろいろな説を雑誌や本で読んだ記憶があるのだが、自叙伝によれば、こういうことだったらしい。

 クラプトンは、かなり早い段階で、ベンディング(日本ではなぜかチョーキングと呼ばれているテクニック)とヴィブラートを生かした奏法を完成させていた。しかし、ベンディングを多用すると、弦が切れることになる。それはステージ上でも容赦なく起きることだが、スペアのギターなどなく、まだ楽器類のケアを担当するスタッフなどいなかったはずであり、彼は自らその場で弦を張り替えていた。当然のことながら、演奏は中断。客は若干の嫌みをこめて、ゆっくりとしたテンポの手拍子を彼に送る。スロー・ハンドクラップ。いかにも英国的な意思表示だが、つまり、これがそのニックネームの語源だったのだそうだ。

 さて、2014年の来日公演でも演奏された《ワンダフル・トゥナイト》は、ご存知のとおり、パティ・ボイドとの愛の暮らしのなかから生まれた曲。たしかにロマンティックな内容の曲であり、結婚パーティーなどで演奏されることも多いようだが、実際には、服選びやメイクがなかなか終わらない彼女をイライラしながら待っているときに着想を得たものだという。いい話ではないか。[次回1/21(水)更新予定]


(更新 2015.1.14 )


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プロフィール

大友 博(おおとも・ひろし)

 1953年東京都生まれ。早大卒。音楽ライター。会社員、雑誌編集者をへて84年からフリー。米英のロック、ブルース音楽を中心に執筆。並行して洋楽関連番組の構成も担当。ニール・ヤングには『グリーンデイル』映画版完成後、LAでインタビューしている。著書に、『エリック・クラプトン』(光文社新書)、『この50枚から始めるロック入門』(西田浩ほかとの共編著、中公新書ラクレ)など。

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