『ニューポート・ジャズ・フェスティヴァル1967/ゲイリー・バートン』 |AERA dot. (アエラドット)

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『ニューポート・ジャズ・フェスティヴァル1967/ゲイリー・バートン』

文・中山康樹

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ニューポート・ジャズ・フェスティヴァル1967/ゲイリー・バートン

ニューポート・ジャズ・フェスティヴァル1967/ゲイリー・バートン

意外にも純ジャズ・グループだったバートン・カルテット
Newport Jazz Festival 1967 / Gary Burton Quartet
(Cool Jazz)

 ジャズ・ミュージシャンは、全景が見えている人と、見えているようでまったく見えていない人に大別されると考えていいでしょう。前者はマイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーン、チャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーといった、いわゆるジャイアンツと呼ばれる人ですね。とはいえ彼らにはまだまだ謎に包まれた部分がありますが、それでも全体像を描こうと思えば、ほぼ誰にでもいちおうは描ける。後者は、名前は知っているが、あるいは有名だが、実態が霧に覆われているような人たちとでもいえばいいでしょうか。よく名前を見かけるし、レコードやCDも何枚か持っている、でもあまり深く考えたことがなく、考えたくても参考にできるような文献や資料もあまりない人たち。

 今回ご紹介するゲイリー・バートンこそ、その代表のようなミュージシャンではないでしょうか。なおこの連載は、マイルス新音源枯渇期は、マイルス関連ミュージシャンの新着音源紹介へと様変わりするわけですが、ゲイリー・バートンはマイルスと無関係、ここはちょっと苦しいのですが、ラリー・コリエルを関連ミュージシャンとして見做したいと思います。もっともそのコリエルにしても、マイルス引退期のリハーサルにちょこっと顔を出した程度なのですが。

 歴史上、ラリー・コリエル時代のバートン・カルテットは、ジャズ・ロックの先駆的存在として位置づけられているが、実際のライヴを聴くと、意外にもロックの要素は薄く、ほぼ完全にジャズ・グループだったといってもいいように思う。たしかにコリエルのエレキ・ギターはそれまでのジャズにない語法をもっているが、グループのなかでは浮き上がることもなく、しっかりジャズとして成立している。おそらくヒッピー風の風貌と、曲によってロック的なものもあったことから、そうした誤読混じりの定説が生まれたのだろう。それだけ当時のジャズ・ファンがロックに偏見をもっていたということなのかもしれない。

 1曲目のスティーヴ・スワロウ作《フォーリング・グレイス》から、ああ、いかにものバートン・カルテットのサウンドがきれいな音で飛び出し、それだけでうれしくなってくる。そして名盤『ダスター』を代表する《モジョ将軍》がつづき、うーん、このライヴ、選曲といい音質といい、文句ありません(とくに前半のロッテルダム・ライヴ)。有名なのに全景を描くことがむずかしいゲイリー・バートンの、失われたパズルの一片として、このライヴは重要な位置を占めるでしょう。久しぶりにブートレグらしい仕事をみせてもらいました。こうなればロードアイランド州のニューポート・ジャズ・フェスティヴァルでのライヴ(ビル・グラハム所有)もCD化していただきたいものです。


【収録曲一覧】
1. Falling Grace
2. General Mojo's Well Laid Plan
3. Mother Of The Dead Man
4. June The 15, 1967
5. Falling Grace
6. General Mojo's Well Laid Plan
7. Mother Of The Dead Man
8. Lines
9. June The 15, 1967
10. Portsmouth Figurations

Gary Burton (vib) Larry Coryell (elg) Steve Swallow (b) Bob Moses (ds)
1-4 : 1967/10/30 (Rotterdam)
5-10 : 1967/11/1 (Helsinki)


(更新 2013/1/24 )


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プロフィール

中山康樹

 「スイングジャーナル」元編集長。『マイルス・デイビス自叙伝』やコレクターズアイテムも含めた全作品を解説した『マイルスを聴け!!』等で聴きだしたらとまらない「マイルス地獄」へ誘っている。

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