鉄道を軸に展開される、一風変わった夏目漱石論。日本の拙速な近代化に異を唱えていた漱石は、「汽車ほど個性を軽蔑したものはない」と喝破する一方、この国に鉄道が着々と延伸されていく歴史とともに歩んできた世代でもあり、『三四郎』における上京の場面を筆頭に、作中にもたびたび鉄道を描いている。

 そんな漱石と鉄道との抜き差しならない関係を、日本全国の路線ごとに、あるいはシベリア鉄道や満鉄、留学時代のロンドンの地下鉄等に至るまで詳細に取り上げながら炙り出す本書は、著者の「鉄道愛」が横溢する鉄道史としても読める。漱石の辿った足跡を、当時の時刻表を参照しながら緻密に再現しているあたりも周到だ。

 その鉄路の旅こそが、漱石の胃潰瘍を悪化させた一因との見方は、皮肉としか言いようがない。(平山瑞穂)

週刊朝日  2020年6月19日号